2026年4月8日。イラン戦争2週間の暫定停戦を考えてみたいと思います。
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「エピック・フューリー(壮絶な怒り)」——戦争は嘘から始まった
2026年2月28日に始まったこの戦争のことを、少し整理させてください。
米国とイスラエルが展開した作戦の名前は「エピック・フューリー」と「ローリングライオン」。直訳すれば「壮絶な怒り」と「吼える獅子」。
まるで映画のタイトルのようでしょう。でも、これは映画じゃない。
この作戦で特筆すべきは、その「嘘のつき方」の巧妙さです。
米軍はわざと戦闘機の配備情報をリークして、本当の動きを隠した。
イスラエルの軍幹部は、衛星に自分の車を自宅に置いておくという小細工で、イラン側の警戒を解いた。
まるでマジシャンが右手を大きく振って、左手の仕掛けを隠すように——。
その結果、開戦初日だけで、イランの最高指導者ハメネイ師を含む40名以上の指導層が亡くなりました。
40名以上、一日で。
ワタクシが女学生だったころ、学徒動員で工場に行きながら、毎日誰かの訃報を聞いていました。
一人ひとりに家族がいた。笑い方があった。好きな食べ物があった。
数字は、本当はそういうものの集まりなんです。
ホルムズ海峡という「世界の蛇口」
イラン側が取った反撃の手段が、ホルムズ海峡の封鎖です。
ホルムズ海峡というのは、地図で見ると細い砂時計のくびれのような場所です。
世界の石油の約20%、液化天然ガスの約30%が、この「くびれ」を通って世界中に届けられています。
日本が使う原油の約8割以上も、ここを通ってくる。
つまり、ここを塞がれるということは、日本の台所の水道を誰かに握られるようなものです。
さらにイランは、この海峡を通る船から「通行料」を取り始めた。
しかも米ドルではなく、中国元で。
これは経済の世界での「宣戦布告」のようなものです。
戦後80年、世界のお金は米ドルを軸に回ってきた。そこへの直接的な挑戦です。
「停戦」という名の嵐の目
4月8日、パキスタンの仲介により暫定停戦が合意されました。
トランプ氏は「勝利」と声高に言いました。
でも、数字が語る現実はこうです。
イラン側の死者は2,000人を超えた。
その中には、ミナブという町の小学校に爆弾が落ちて亡くなった、160名以上の子どもたちも含まれています。
小学生。ランドセルを背負うような年齢の子たちです。
ワタクシは戦時中、弟や妹たちを守りながら防空壕に逃げ込んだことが何度もあります。
あの時、子どもというのはただ怖くて、意味もわからず泣いていた。
その記憶と、ミナブの小学校の映像が、頭の中で重なってしまって——。
しかも停戦の間も、イスラエルはレバノンで別の作戦を続けて、92人の方が亡くなっています。
これは「和平」ではありません。
台風の目のように、一時静かになっているだけです。
嵐が去ったわけじゃない。
専門家の言葉を借りれば「戦略的休息」——つまり、
再び戦うための「充電期間」に過ぎない可能性が高い。
この2週間で、弾薬が補充されてしまったら、停戦は「停戦」という名の準備期間だったということになります。
高市政権の内側で起きていたこと
日本の政治の話をしましょう。
トランプ政権から「一緒に戦え」という圧力がかかった時、高市政権の内部では激しい対立があったそうです。
情報誌『選択』という雑誌に「高市が「退陣」を口にした夜」という記事がありました。
高市首相は、自衛隊をホルムズ海峡に派遣することで、日米同盟への貢献を示そうとした。
一方で、内閣官房参与の今井尚哉氏らは「それは危険だ」と激しく抵抗した。
今井氏たちが使った説得材料が面白い。
スペインやイタリアが「米軍の爆撃機をうちの基地から飛ばすのは嫌だ」と拒否したという事実です。
欧州の主要国でさえそう言っているのに、日本だけが突出して軍事協力すれば、国際的に孤立する——というロジックです。
結局、高市首相は自衛隊派遣を断念し、外交的な和平交渉の枠組みに名前を並べることになりました。
4月8日づけで、外務省の公式ページに「中東における紛争に関する共同声明」とあります。
日本を含む主要国の首脳陣が、米国とイランの間で合意された2週間の停戦を歓迎し、中東情勢の安定を訴える共同声明です。
今後の目標は、数日以内に、迅速かつ恒久的な戦争終結に向けた交渉を行うことである。これは外交的手段によってのみ達成し得るものである。
Access Denied
このように、自衛隊派遣ではなく、「外交手段によってのみ」とあります。
声明の核心は、この一時的な休戦を足掛かりとして、外交的手段による恒久的な和平交渉を迅速に進展させることにあります。
各国の指導者は、民間人の保護やエネルギー危機の回避、さらにはホルムズ海峡における航行の自由の確保を極めて重要な目標として掲げています。
全体として、地域全体の安全保障を実現するために、国際社会が一致団結して外交努力を継続する強い意志を表明した内容となっています。
この共同声明に、各国首脳の名前と並んで「高市総理大臣」とあります。
高市氏をここまで追い込みました。
憲法9条と国民の声は生きています。
ワタクシ流に言えば、「タカが嵐に立ち向かおうとしたら、参謀たちに羽を押さえられた」という図です。
これが良かったのか悪かったのか、歴史が判断することでしょう。
でも少なくとも、自衛隊の若者が戦場に行かずに済んだことは、ワタクシは素直にほっとしました。
憲法9条という「実利的な外交の武器」
「しんぶん赤旗」では、日本共産党の田村智子委員長は、この戦争を「国連憲章と国際法に違反する無法な戦争」と定義し、日本政府が沈黙していることを厳しく批判しました。
そして2つのことを政府に求めています。
ひとつは「攻撃をやめるという確約」。もうひとつは「再び攻撃しないという保証」。
この「再攻撃をしない保証」という概念、実はとても重要です。
これがなければ、停戦はただの「次の戦争の準備期間」に成り下がる。
ただ「休んでいる」だけで、本質は変わっていない。
ここで、ワタクシが94年生きてきて思うことを一つ言わせてください。
憲法9条というのは、ワタクシたちが焼け野原の中で、「もう二度とこんな思いはしたくない」という魂の叫びから生まれたものです。
若い方には「古い理想論」に見えるかもしれない。
でも今回のような複雑な国際情勢の中では、「軍事的に一線を引いている国」というポジションが、かえって仲介役になれる強みになる。
9条は「諦め」ではなく、「外交の切り札」になり得る。
そう共産党は主張しているし、ワタクシも一人の老人として、その可能性を信じたいと思っています。
3万人の若者が国会前に集まった夜
国会前に3万人。全国137カ所での同時アクション。
驚いたのは、その顔ぶれです。
かつての反戦運動といえば、特定の政党を支持する組織的な動員というイメージがありました。
でも今回は違う。「反戦クリエイター連盟」という言葉に象徴されるように、若者や女性たちが、自分たちの言葉で声を上げている。
SNSで知って、思わず参加したという行動が始まっている。
「推し活を守るために、平和を守る」
この言葉を聞いた時、ワタクシはしばらく考え込んでしまいました。
最初は「推し活って何?」と孫に聞いたんですが、でも本質を理解した時、これはものすごく賢いと思いました。
戦争というものを「政治の問題」ではなく「自分の日常の問題」として捉えている。
イデオロギーではなく、「自分の大切なものが壊される」という具体的な恐怖から動いている。
ワタクシたちが戦争を経験した時、最初に奪われたのも、ささやかな日常でした。
好きな歌が歌えなくなった。
食べたいものが食べられなくなった。
会いたい人に会えなくなった。
そういうことから始まって、気づいたら全部が戦争色に染まっていた。
だから、この若者たちの感覚は正しいと思う。
「自分の好きなものを守りたい」というのは、立派な平和への動機です。
そして、日本だけでなくアメリカでもトランプの無法ぶりを糾弾するでもが行われています。
イスラエル国内でも同様です。
日本にできる「平和の仲介」
ワタクシなりに、この状況を整理してみます。
まず「再攻撃しない保証」を取り付けること。停戦が本当の和平になるためには、法的・外交的な保証が必要です。これを米国に求めることが、日本外交の第一歩になるべきだと思います。
次に、市民の暮らしを守る安全保障を考えること。 指導者たちの政治的利害ではなく、戦禍を受けたイランやレバノンの市民、そして物価高や資材不足で苦しんでいる日本の皆さんの生活を守る発想が必要です。安全保障とは、軍事だけではない。人が生きていける環境を守ることです。
そして憲法9条を活かした仲介外交。 軍事的に中立な立場を持つ日本だからこそ、交渉の席に立てる場面があるはずです。戦後80年、日本が一発の弾も撃っていないという事実は、国際社会において信頼の証になり得ます。
ワタクシは94年生きてきて、一番怖いのは「また始まってしまうこと」です。
止められたはずなのに止めなかった後悔を、ワタクシの世代は死ぬまで抱えている人が多い。
だから、2週間の猶予がある今、日本が傍観者でいることは許されないと、老いた体の奥底から思うのです。
最後の一句
戦火止み 嵐の目の中 また風の 次の一撃 9条が盾
(せんかやみ あらしのめのなか またかぜの つぎのいちげき きゅうじょうがたて)
94年生きていると、歴史というのが「繰り返す波」のように見えてきます。
でも、同じ波に飲み込まれないために、歴史を知ることが大切なんだと思っています。
