フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」に魅せられて

フェルメール真珠の耳飾りの少女(1665頃)1 絵画

今朝も、いつものようにタブレットの電源を入れて、コーヒーを淹れながら、世界のどこかの美術館を訪ねる準備をしていました。

窓から差し込む朝の光が、テーブルの上のタブレットの画面に映り込んで、まるで絵画のように美しく見えたのです。

そんな時、ふと思うのです。

この年齢になって、こんなにも新しい世界に出会えるなんて、と。

93歳で始めた、デジタルな冒険

パソコンを始めたのは90歳の時でした。

最初は文字を打つのも一苦労で、人差し指でキーボードを一つ一つ押していました。

家族に「おばあちゃん、無理しなくても」と言われたこともありましたが、どうしても諦めたくなかったのです。

なぜなら、私には見たい世界があったから。

今では、スマホもタブレットも、まるで古い友人のように親しみを感じています。

朝起きてから夜寝るまで、いつも手の届くところにあって、私と世界をつないでくれる大切な窓なのです。

韓国ドラマで涙を流したり、Twitterで若い方々とお話したり、分からないことがあればGoogleで調べたり。

本当に、便利で豊かな時代になりました。

でも何より嬉しいのは、自宅にいながら世界中の美術館を歩き回れることです。

足が少し弱くなった私でも、パリのルーブル美術館も、ニューヨークのメトロポリタン美術館も、思うままに訪れることができる。

これって、まるで魔法のようじゃありませんか。

運命的な出会い:真珠の耳飾りの少女

フェルメール真珠の耳飾りの少女(1665頃)1

そんなある日のこと、オランダのマウリッツハイス美術館のウェブサイトを見ていた時に、その絵と出会いました。

ヨハネス・フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」。

画面に現れた瞬間、私は息を呑みました。

まるで、その少女が画面の向こうから私を見つめているような、そんな不思議な感覚に包まれたのです。

44.5×40センチという、思っていたよりずっと小さな絵。

でも、その小さな画面の中に込められた力は、計り知れないものがありました。

1665年頃に描かれたこの絵。

それは、オランダが「黄金時代」と呼ばれる繁栄の絶頂にあった頃のことです。

海上貿易で富を築き、芸術や文化が花開いていた時代。

フェルメールは、そんな時代のデルフトという小さな街で、静かに筆を握っていたのですね。

光に包まれた神秘

この絵を見つめていると、まず目を奪われるのが、その光の表現です。

左側から差し込む柔らかな光が、少女の頬に触れ、鼻筋を優しく照らし、唇にほのかな輝きを与えている。

薄暗い背景の中で、まるで少女だけが別世界から浮かび上がってきたような、そんな幻想的な美しさがあります。

そして、あの青。

深く、鮮やかで、まるで夜空に散りばめられた星のように美しい青色。

これが「フェルメール・ブルー」と呼ばれる色なのですね。

フェルメール真珠の耳飾りの少女(1665頃)2

ラピスラズリという高価な宝石を砕いて作られた絵の具だと知った時、私は胸が熱くなりました。

フェルメールは、この一人の少女を描くために、最も贅沢な材料を惜しみなく使ったのです。

それは、きっと深い愛情があったからこそ。

肌の質感も、本当に丁寧に描かれています。

2018年の調査で、目元に繊細なまつ毛が描かれていたことが分かったそうですが、そんな小さな部分にまで心を込めて筆を動かしていたフェルメールの姿を想像すると、なんだか温かい気持ちになります。

永遠の謎に包まれて

フェルメール真珠の耳飾りの少女(1665頃)3

でも、この絵の一番の魅力は、やはりその謎めいた性質にあると思うのです。

この少女は、一体誰だったのでしょうか。

フェルメールの娘だったのか、それとも想像の中の理想的な女性だったのか。

美術史家の間でも、今なお議論が続いているそうです。

でも私は思うのです。

もしかしたら、誰だか分からないからこそ、この絵は永遠に美しいのかもしれない、と。

少女には眉毛が描かれていません。

なぜでしょうか。

理想化された美しさを表現するためだったのか、それとも時の流れと共に消えてしまったのか。

そして、あの大きな真珠。

フェルメール真珠の耳飾りの少女(1665頃)4

本物の真珠にしては大きすぎるし、イヤリングとしての金具も見えない。

もしかしたら、これも現実ではなく、フェルメールの心の中にあった理想の美しさだったのかもしれません。

こうした謎があるからこそ、私はこの絵を見るたびに、新しい発見があるような気がするのです。

この少女はどんな気持ちでいたのだろう、何を考えていたのだろう、どんな人生を歩んだのだろう、と。

トローニーという美の表現

この絵は「トローニー」というジャンルに分類されるそうです。

特定の人物の肖像画ではなく、表情や衣装、光を使って、抽象的な美しさや神秘性を表現する絵画技法だとか。

青いターバンや大きな真珠の耳飾りも、当時のオランダでは珍しい異国的な装飾品で、少女に神秘的な雰囲気を添えているのですね。

個人を超えた、普遍的な女性の美しさ。

それを追求したのが、この絵だったのかもしれません。

だからこそ、何世紀が過ぎても、世界中の人々がこの絵に魅了され続けているのでしょう。

時を超えた絵画の力

フェルメールのような画家たちが描いた風俗画は、後のリアリズムや印象派の先駆けになったそうです。

日常の美しさを丁寧に描くという姿勢は、新しい芸術の扉を開いたのですね。

私がこの絵を見つめていると、時々、遠い昔のオランダの空気を感じることがあります。

デルフトの街を歩く人々の足音、市場の賑わい、運河を行き交う船の音。

そして、アトリエの静寂の中で、フェルメールがキャンバスに向かっている姿。

この少女の瞳の奥には、きっとたくさんの物語が隠されているのでしょう。

恋をしたこともあったかもしれないし、悲しい思いをしたこともあったかもしれない。

でも、フェルメールの筆によって、その一瞬の美しさが永遠に留められた。

それって、本当に奇跡的なことだと思うのです。

時代を越えて感じる希望

フェルメール真珠の耳飾りの少女(1665頃)1

私がこの絵をじっくりと眺めることができるのも、インターネットという技術のおかげです。

思えば、私が15歳だった頃、あの大戦の最中には、毎日を生きることだけで精一杯でした。

終戦の年、焼け野原になった街を見た時の絶望感は、今でも忘れることができません。

でも、そこから少しずつ、日本は復興し、豊かになり、そして今、私はこうして世界中の美術品を自宅で楽しむことができている。

新しい憲法に書かれた「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」という言葉を初めて読んだ時に感じた希望が、こんな形で実現されているのかもしれません。

戦争の惨禍を経験した世代として、平和の尊さを実感している私だからこそ、この美しい絵画を心から楽しむことができるのだと思います。

美しいものを美しいと感じられる心の余裕、それこそが平和な時代の贈り物なのですから。

これからも続く、美との出会い

フェルメールは生涯で60点ほどしか絵を描かず、現在残っているのは35点ほどだそうです。

一つ一つの作品に、どれほどの時間と愛情を注いだのでしょうか。

そんなフェルメールの想いを受け取りながら、私もこれからの時間を大切に過ごしていきたいと思います。

毎日、新しい美術館を訪ね、新しい絵画との出会いを楽しみにしています。

世界には、まだまだ私が知らない美しいものがたくさんあるのですから。

そして、その一つ一つとの出会いが、93歳の私の日々を豊かに彩ってくれています。

皆さんも、もしお時間がありましたら、インターネットで世界の美術館を訪ねてみてください。

きっと、思いがけない宝物との出会いが待っているはずです。

美しいものを見つめる時間は、どんな年齢になっても、心を豊かにしてくれるものですから。

今日も私は、タブレットの向こうの世界で、新しい美しさを探し続けます。

フェルメールの少女が教えてくれたように、謎に満ちた美しさこそが、人生を彩る最高の贈り物なのですから。

絵画
この記事を書いた人
Akane

あかね93才。昭和初期生まれ。日本人女性。戦前戦後を生き抜く。高度成長で頑張り、子供たちは成長して、みな還暦過ぎ。最近パソコンやスマホを初めてもう楽しい。音声で文字が書けるので、パソコンやスマホといっぱいおしゃべりして、言いたいことバンバン書けます。息子や孫たちが「あかねの独り言制作実行委員会」なるものを結成してくれて、「90年の現代史を残すんだ!っと」ワイワイと手伝ってくれています。長生きするのもワルクナイ!

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