朝晩は少し涼しくなって、猛暑ももう終わりですかね。秋の気配を感じる頃となりました。
そんな季節の移ろいとは裏腹に、永田町では相変わらず「椅子取りゲーム」が繰り広げられているようです。
自民党総裁選挙が行われます。
ワタクシがこの世に生を受けて94年、本当にたくさんの顔がその椅子に座り、そして去っていくのを見てまいりました。
横浜の焼け跡から立ち上がった頃、テレビというものが我が家に来て驚いていた頃、そして今、手のひらの上で世界中の出来事が見られるようになって。
時代はめまぐるしく変わりましたけれど、国の舵取り役がこうも頻繁に交代する光景だけは、まるで季節が巡るように、当たり前のことになってしまいました。
先だってワタクシが、ため息交じりにお話しした自民党総裁選挙の続きのお話になります。
考えると胸がちくりと痛みます。
当たり前です。
スーパーで豆腐一丁、卵一つの値段に眉をひそめ、電気の請求書を見ては溜息をつく。
そんなワタクシたち庶民の台所が火の車になっているのを、これ以上見て見ぬふりはできませんね。
そして今、テレビをつければ朝から晩まで、新しい総理を決めるという「総裁選挙」の話題で持ちきりですわね。
高市さん、小泉さん、茂木さんに林さん…難しいお顔をなさった立派な方々がずらりとお並びになって。
けれど、ワタクシの目には、それがどこか遠い世界のお祭りのように映ってしまうのです。
本当に大切なのは、「誰がその立派な椅子に座るか」ではなく、「この国で懸命に生きるワタクシたちの暮らしが、明日どうなるのか」という、ただそれだけのことです。
テレビの中のお祭り騒ぎと、置き去りにされたワタクシたちの声
自民党の皆さんには、国民の「ノー」という声は届いているのでしょうか。
前回の衆議院選挙、参議院選挙で、自公政権は過半数を失いました。
これは国民のみなさんが「もう、こんな政治はたくさんだ!」と声を上げた結果です。
でも、その声は永田町には届いていないようです。
自民党を補完する勢力が、伸びたのでどうにかなると考えているのでしょう。
裏金問題はどうなりました?
企業・団体献金の禁止は?
そして何より、国民の7割が望んでいる消費税の減税は?
総裁選の議論を聞いていると、「自民党の結束をどう守るか」という内輪の話ばかり。
新しい総裁が決まるまでの約3カ月間、またしても政治は空転するのでしょうか。
戦時中の混乱期を思い出します。
あの時も、上の方々は権力争いに明け暮れ、国民の生活は置き去りにされていました。
まるで、船の行く先ではなく、誰が船長室の鍵を持つかでもめているようです。
「自民党フェスティバル」とでも申しましょうか。
候補者の方々が、代わる代わる画面に映し出され、「初の女性総理かしら?」なんて世間の興味を引く話題を振りまいて。
それはそれで華やかで結構ですけれど、そのきらびやかな緞帳(どんちょう)の裏で、
ワタクシたちの切実な声がかき消されてしまっているような、そんな寂しさを感じます。
まるで、立派なお屋敷で開かれる豪華なパーティーの音を、冷たい風が吹く路地裏で聞いているような気持ちです。
思い出していただきたいのです。
前の選挙で、ワタクシたちは「もうたくさんです」という意思を示したはず。
それなのに、政治の裏でうごめくお金の問題をすっぱり断ち切るという力強い声も、
暮らしを助けるために消費税を少しでも軽くするという優しい話も、ほとんど聞こえてはきません。
聞こえてくるのは「党をどうまとめるか」という、いわば家族会議のようなお話ばかり。
その間にも、ワタクシたちの暮らしの時間は、物価高や低賃金、高い社会保険料、若い方々は年老いた親の介護、子供たちの学費も、待ってはくれませんのに…。
本当に、大事な手術を後回しにされて、待合室でただひたすら待たされているような心持ちですわ。
この国のあちこちが痛んでいるというのに、先生方は手術の方法ではなく、誰が執刀医になるかばかりを話し合っているように見えてしまいます。
日本の懐が寂しい、本当の理由をご存知?
なぜ、こんなにも真面目に働いて、質素に暮らしているのに、ワタクシたちの暮らしは楽にならないのでしょう。
クレディ・アグリコル証券のチーフエコノミストである会田卓司さんという賢い方が、その理由を分かりやすく教えてくださいました。
会田卓司さんの『日本経済の新しい見方』という書籍を読ませて頂きました。
金融業界のかたで経済分析をされている先生です。
日本の経済財政の核心を突く分析をされていて、ぜひおススメです。
すごく簡単ですけど、ワタクシなりにわかりやすくご紹介させて頂きます。
コストカット経済という悪循環
会田卓司さんは、とても分かりやすい分析をしてくださっています。
想像してみてください。
企業がお金を貯め込んで、使わない。
まるで、戦時中の配給制度の時代に、みんなが物資を隠し持っていたような状態です。
企業の貯蓄率が異常なプラス、つまり使うより貯める方が多い状態が何十年も続いているんです。
企業がリストラやコスト削減ばかりを続けて、お給料も上げない、新しい設備投資もしない。
その結果、ワタクシたち庶民の懐にお金が回ってこない。
これが「総需要を破壊する力」となって、経済全体を冷え込ませているんです。
もう少しわかりやすくご紹介すると、今の日本は、大きな会社さんたちが、稼いだお金を従業員のお給料にしたり、
新しい未来のために工場を建てたりするのではなく、まるで宝物のように金庫にぎゅうぎゅうに詰め込んでいる状態なんです。
お腹がいっぱいなのに、まだ食べ物を頬袋に隠している冬眠前のリスさんみたい、と言えばお分かりいただけるかしら。
そうすると、世の中にお金が流れなくなります。
お金は人間の体でいえば血液のようなもの。
流れが滞れば、体の隅々まで栄養が行き渡らなくなるのと同じで、ワタクシたち庶民の暮らしはどんどん元気がなくなってしまうのです。
昔から店舗を持って御商売をされていう方々は、儲けが出たらお店を綺麗にしたり、
奉公してくれる子の給金を上げたりして、また町にお金を返すのが当たり前でした。
そうやってお金がぐるぐる回るからこそ、町全体が活気づいたものです。
ところが、戦前戦中、いつからか昔の政府は「とにかく節約、節約」と、国も会社も財布の紐を固く締めることを良しとしてきました。
その結果、国全体でお金を使う力がすっかり弱ってしまい、ワタクシたちの懐までカラカラに乾いてしまった、というわけです。
「高圧経済」という道
でも、希望はあります。
「高圧経済」という考え方です。
これは、景気を少し温めて、企業の競争を「誰がより多くリストラするか」から「誰がより良い投資をするか」に変えようという考え方なんです。
まるで、お風呂の温度を調節するようなものです。
今の日本経済は、ぬるま湯どころか、冷たい水風呂状態。
これを適温、いえ、少し熱めのお湯にして、血行を良くしようというわけです。
そのためには、消費税という「消費へのペナルティ」を撤廃するか、せめて減税することが一番の近道なんです。
政府は今まで税金を取りすぎて、財政が改善しすぎているんですから、その分を国民に返すべきです。
たったそれだけで、ワタクシたちの消費に火がつき、会社も物を作ることができます。
会田さんのご説明では、政府は今まで、ワタクシたちから税金をたくさん取って、自分たちの帳面はすっかり良くなっているとありました。
日本の財政は破綻寸前というキャンペーンは嘘ということです。
その分を、今度は苦しんでいるワタクシたち家計に返してくだされば、この長い冬のような苦境も少しは和らぐはず。
次の総理には、小難しい顔で「財政健全化」と繰り返すのではなく、
「皆さん、今までよく頑張りましたね。少し休みましょう」と言ってくれるような、
そんな当たり前の優しさを持ってほしいと願うばかりです。
鉄砲よりも、お米を。94年生きたワタクシの切なる願い
そしてもう一つ、ワタクシがどうしても、声を大にして申し上げたいこと。
それは、軍備をどんどん大きくする、今のこの国の流れについてです。
物価は上がる、年金は減る、病院に行けば負担は増える。
若い夫婦は、子供をもう一人産むのをためらってしまう。
そんな世の中です。
なぜ、九州や沖縄だけでなく、あちこちに新しいミサイルを置く話が、そんな中で進んでいるのでしょう。
その莫大なお金は、一体どこから来るというのでしょう。
ワタクシは、戦争を知っております。
B29の轟音に怯え、焼夷弾が雨のように降る夜を。
食べ物がなく、お腹を空かせた弟や妹の背中をさすりながら、明日をも知れぬ命だったあの頃を。
この目で見たのです、戦争というものが、いかに人の暮らしを根こそぎ破壊するかを。
だからこそ、この国は平和な世の中を願い、二度と戦争はしないと固く誓ったはず。
それなのに、またしても、終わりなき軍拡の道へ進もうとしているように見えて、恐ろしくてなりません。
軍事費が増えれば、その分、福祉や教育、医療の予算が削られます。
物価は上がり、年金は下がり、医療費の負担は増える一方。中小企業は苦しみ、子育て世代は不安を抱えています。
戦時中も同じでした。「お国のため」と言われて、国民は耐乏生活を強いられました。
でも結局、その先に待っていたのは破滅でした。
市民と野党の共闘こそが希望
でもね、みなさん。絶望することはありません。
前回の選挙で、国民は「ノー」と言いました。その声を、もっと大きく、もっと力強くしていけばいいんです。
消費税の減税、インボイスの廃止、そして本当の意味での賃上げ。
ヨーロッパでは時給2,000円が当たり前なんです。日本でも不可能じゃないはずです。
そして何より、軍事ブロックではない平和の枠組みを作る外交努力。
これこそが、日本が世界に誇れる道ではないでしょうか。
隣国と睨み合うのではなく、粘り強く手を取り合う道を探すことこそ、本当の「国の守り」だと、ワタクシは信じております。
自民党の総裁選という「お祭り騒ぎ」に惑わされてはいけません。
大切なのは、ワタクシたち国民一人一人の声です。
94年の人生で学んだことがあります。
それは、どんなに暗い時代でも、人々が手を取り合えば、必ず光は見えてくるということです。
戦後の焼け野原から、ワタクシたちは立ち上がりました。
高度経済成長を成し遂げ、世界に誇れる平和国家を作りました。
今、その原点に立ち返る時が来ているのかもしれません。
孫やひ孫たちの顔を見るたびに思います。この子たちに、どんな日本を残すのか。
戦争の恐怖ではなく、平和の喜びを。貧困の苦しみではなく、豊かさの実感を。
分断ではなく、つながりを。みなさん、一緒に考えていきましょう。
そして、行動していきましょう。
ワタクシのような老骨でも、まだまだできることがあります。
ブログでも、YouTubeでも、Xでも、声を上げ続けます。
危ない流れを止め、本当に国民の生活を守る政治を取り戻すには、ワタクシのような老婆のため息も、
若いお母さんの不安も、商店主の悩みも、皆が手を取り合って大きなうねりになるしかありません。
ただ、消費税を軽くしましょう、お給料を上げましょう、そして何より平和な外交で国を守りましょう、という当たり前の目的のために、皆が一つになる。
テレビの中の椅子取りゲームに心を惑わされることなく、ワタクシたちはワタクシたちの暮らしを守るために、賢く、そして強くならなければいけませんね。
窓の外では、孫やひ孫たちの元気な声が聞こえます。
この子たちの笑い声が、この先もずっとこの国に響き渡りますように。
最後の一句
「虫の音 聞こえぬほどの 茶番劇」
おそまつさまでした。