冬の嵐に吹かれて―94歳が見た「国民置き去り解散」という暴挙

人生エッセイ

真冬の解散風、まるで博打師の一か八か

皆さま、お元気ですか。あかねでございます。

高市総理が、この真冬の2月に衆議院を解散するというのです。

予算審議を放り投げて、36年ぶりという選挙を強行する。

まるで、雪が降りしきる山道で博打を始めるような、そんな無謀な決断に、ワタクシは90年以上生きてきた中で幾度も見てきた「権力者の傲慢」を思い出さずにはいられませんでした。

この決断の裏側には、なんとも冷たい計算が潜んでいるのです。

高市政権の支持率は、10代で90%、20代から30代でも80%を超えるという、まるで真冬なのに真夏の入道雲のように膨れ上がった数字。

けれども、これはSNSという新しい風が作り出した蜃気楼のようなもの。実体のない、触れれば消えてしまう幻なのです。

ワタクシが若い頃、戦時中の大本営発表というものがありました。

「勝った、勝った」と新聞やラジオが叫び続け、国民は信じ込まされていた。

けれども蓋を開けてみれば、現実は真逆だった。今回の「作られた人気」も、どこか似た匂いがするのです。

物価高という現実の重石が、このメッキを剥がす前に。

有権者の思考が、熱に浮かされたように停止している今のうちに。

権力基盤を固めてしまおうという、まるで冬の寒さで凍りついた池の上を、薄い氷が割れる前に走り抜けようとする子供のような、

いえ、子供ならまだ可愛げがありますが、これは老獪(ろうかい)な計算に基づいた、卑劣な党利党略なのです。

疑惑から逃げる背中―それは臆病者の証

予算委員会という「真実の戦場」からの逃走

今回の解散は、単に時期が悪いという問題ではありません。これは徹底した「国民への裏切り」です。

予算委員会―この言葉を聞いて、ワタクシは戦後の混乱期を思い出します。

あの頃、国会では真剣勝負が繰り広げられていました。

野党が与党を追及し、国民のために真実を暴こうとする。

その緊張感が、まだ議会制民主主義というものに命を吹き込んでいた時代でした。

今回の予算委員会も、本来ならば野党が旧統一教会との癒着や裏金問題を追及する、まさに主戦場となるはずでした。

けれども高市総理は、自らに向けられる「不都合な真実」という名の矢を避けるために、なんと国会そのものを消滅させてしまったのです。

これを何と呼べばいいのでしょう。

ワタクシの言葉では「逃げ切り解散」。

まるで、追いかけてくる犬から逃げるために、塀を乗り越えて姿を消す泥棒のような、そんな臆病な権力者の姿が目に浮かびます。

立憲と公明の「野合」―魂を売った政治家たちの末路

この混乱に乗じて、立憲民主党と公明党が結成した「中道改革連合」。

この名前を聞いて、ワタクシは苦笑いしてしまいました。

「中道」でも「改革」でもない、ただの醜い野合だと。

これは「合流」などという美しい言葉で飾れるものではありません。

立憲民主党による公明党への全面降伏であり、組織のハイジャック―乗っ取りなのです。

公明党の斎藤代表が放った言葉が、すべてを物語っています。

「ここに集まったのは立憲の人ではない。公明の旗の下に集まった人だ」と。

この一言は、まるで冷たい刃のように、立憲民主党の議員たちの誇りを切り裂いたことでしょう。

立憲民主党は、選挙に勝ちたいがために、自らが掲げてきた立憲主義や平和の理念を、まるで古着のように公明党に売り渡してしまったのです。

原口一博氏が「アイデンティティの剥奪だ」と怒りの声を上げるのも当然です。

離党と入党を強要される議員たち。彼らはもはや、魂を抜かれた抜け殻、風に揺れる空っぽの着物のようなものです。

昨日まで敵対していた与野党が、理念という名の宝物をゴミ箱に捨てて抱き合う。

その姿に、誰が「変革」という希望を見出せるというのでしょう。

ワタクシには、ただの利権争いにしか見えません。

今まで自民党政治を助けてきた公明党とかつての民主党、これが合体して、何をするのでしょうか。

財界大企業、軍事産業、アメリカ言いなりの政治の受け皿づくりで、政治のスポンサーにとっては、どちらに転んでもいいように政界再編をするシナリオですよね。

排外主義という毒―民主主義を蝕む新たな病

今回の選挙で、自民党が単独過半数を回復する可能性があります。

野党の自滅と、作られた高市人気によって。

けれども、その勝利のために自民党が使おうとしている手法に、ワタクシは最大級の警鐘を鳴らしたいのです。

公明党という600万近くの組織票を失った自民党は、その穴を埋めるために「新たな600万の獲物」を狙っています。

それは、排外主義やデマによって煽られる浮動票です。

クルド人問題、中国や韓国に対するヘイト、根拠のないフェイクニュースをSNSで拡散し、人々の不安を憎悪に変えて票をかすめ取る。

今、SNS上の部隊が組織されているでしょう。選挙中のYouTube動画には、多くのアンチさんがやってきます。

去年の参議院選挙のときも、ワタクシのこのチェンネルにもたくさんの「アンチさん」が、お下品なコメントを多数残していかれました。

議論ができない、あまりに醜い日本語のアンチさんのIDは、削除をいたしました。

ワタクシのチャンネルの場合は十数名の方々ですが、これからはもっと部隊を組織してお越しになると思います。

以前にもお話させて頂きましたが、れいわ新選組の伊勢崎賢治氏のおっしゃっていました。

「安全保障化」(セキュリタイゼーション)というプロセスが恐ろしいと解説しています。

「悪魔化のプロセス」です。

人々の中から対話や交渉といった選択肢を消し去り、国全体を戦争へと駆り立てていくような言説空間が生まれるのだと述べています。

自民党は、今度の選挙でも大々的に、600万の浮動票を取りに行くのは必須です。

この手法を見たとき、ワタクシは戦前の記憶が蘇ります。

「鬼畜米英」というスローガン。

敵を作り、国民の不満をその敵への憎しみに変えて、権力への批判をそらす。

あの時代と同じ構図が、形を変えて繰り返されようとしているのです。

政策で勝負できない政権が、偏見を武器に「国民を分断して統治する」。

この最悪のシナリオは、もはや遠い未来の話ではありません。

すぐそこまで、黒い影のように忍び寄っているのです。

希望の灯―れいわと共産党が伸びるべき理由

既成政党が保身と野合に走り、政治が濁った川のように右へと傾いていく中で、ワタクシたちは「正気の防波堤」を必要としています。

それこそが、れいわ新選組と日本共産党の躍進なのです。

れいわ新選組は、多くの政党が口を閉ざす中で、一貫して「消費税廃止」を掲げてきました。

これは単なるスローガンではありません。

国民の「手取り」を本当の意味で増やす、つまり、私たちの財布に直接お金が残るようにするという、とても具体的な提案なのです。

ワタクシが若い頃、家計簿をつけるのが日課でした。

一円でも多く手元に残すために、どれほど工夫したことか。

その感覚を、今も大切にしている政党があるということは、心強いことです。

彼らの積極財政こそが、冷え切った地方と家計を温める、唯一の処方箋なのです。

日本共産党は、権力の腐敗を暴く調査能力において、他の追随を許しません。

裏金問題や旧統一教会問題を徹底追及する姿勢は、今や日本の民主主義における「最後の監視役」と言えるでしょう。

ワタクシが生きてきた90年以上の中で、権力は常に監視されなければ腐敗すると学びました。

絶対的な権力は、絶対的に腐敗する。

だからこそ、軍拡反対を貫く彼らの存在は、暴走する右傾化への強力なブレーキとなるのです。

人権、福祉、平和、そして何よりも「庶民の生活」を第一に考え、党利党略という泥に染まらない勢力。

それこそが、この歪んだ政治を正す唯一の希望なのです。

正気が試される時―私たちの選択

この選挙は、単なる議席の奪い合いではありません。

権力側が仕掛けるデマの嵐、差別を煽る排外主義という毒に、私たちが飲み込まれずにいられるかどうか。

それが試されているのです。

目先の「人気」という蜃気楼に惑わされ、自分たちを裏切った勢力に再び白紙委任を与える。

そんなことがあってはなりません。

ワタクシは94歳になりました。

残された時間は、そう長くないでしょう。

けれども、孫やひ孫たちが生きる未来を思うと、黙っているわけにはいきません。

自民党による差別扇動を許さず、理念を捨てた新党の野合を見抜き、真に国民の側に立つ勢力を見極めること。

私たちは、自分たちの誇りを守るために、この「正気の戦い」を勝ち抜かなければならないのです。

投票所へ向かう足取りは重いかもしれません。

雪が降っているかもしれません。

けれども、その一票こそが、私たちの声を形にする唯一の武器なのです。

どうか、皆さま。

ご自身の良心に従って、この国の未来を選んでください。

ワタクシも、この老いた体で、必ず投票所へ参ります。


最後の一句

冬の風 惑わされるな 我が一票

人生エッセイ
この記事を書いた人
akane

90年の人生を振り返ってブログとYouTubeで独り言朗読音声を残しています。娘、息子や孫、ひ孫にパソコン、スマホを習って挑戦!「あかねの独り言制作実行委員会」なるものを結成してくれて90年の現代史を残すんだ!とワイワイ手伝ってくれています。長生きするのもワルクナイ!

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