ワタクシは今年で95になります。
長く生きておりますと、選挙というものを、それはもう数えきれないほど経験してまいりました。
投票用紙に鉛筆で名前を書く、あの独特の緊張感。
あれだけは、何十年経っても変わらないものでございますね。
けれど最近、国会で進んでいる話を聞いておりますと、ワタクシはどうにも胸がざわつくのです。
「衆議院の定数を減らします」――そう聞くと、なんだか良いことのように響くではありませんか。
「議員を減らして無駄をなくす」なんて、耳あたりの良い言葉ですもの。
でも、その中身をよくよく覗いてみますと、これはとんでもない仕掛けが隠れておりました。
今日はそのお話を、ワタクシなりに、皆さまにお伝えしたいと思います。
選挙制度については、「チームあかね」が、またしっかりと調査してまとめてくれました。
ながいですが、ぜひご覧ください。
【衆議院定数削減】戦後日本における選挙制度と議員定数の歴史的相克:民意の包摂と排除をめぐる分析(チームあかね編)

一、戦後80年、議席はこう動いてきた
終戦直後の1946年(昭和21年)、衆議院の議席は468ございました。
沖縄がまだアメリカの統治下にあった事情で、実際には少し目減りしておりましたけれど。
その後、日本の人口がぐんぐん増えていった1960年代から1980年代にかけては、議席はむしろ増やされていったのです。
人が増えれば、それだけ声を拾う窓口も増やす。これはごく自然な考え方でございました。
大きな転換点は1994年(平成6年)、中選挙区制という、一つの選挙区から複数人が当選する仕組みから、
小選挙区制と比例代表制を組み合わせた今の仕組みへと変わったときでございます。
小選挙区というのは、一つの区で一人しか当選できない制度。
これですと、二番手三番手に入れた方々の一票は、まるごと死んでしまいます。
大きな政党がぐっと有利になる仕組みなのです。
だからこそ、その埋め合わせとして、得票の割合どおりに議席を配分する比例代表制が置かれました。
小さな声も、少数派の声も、きちんと国会に届くようにという、いわば安全弁でございました。
その後、2000年(平成12年)に議席は500から480へと20議席減らされましたが、
この削減もまた、比例の部分に集中して行われました。
ここがすでに、静かな前触れだったのかもしれません。
二、2012年(平成24年)の「約束」から始まった、長い企み
現在の騒動の種は、実は2012年(平成24年)、当時の野田佳彦総理と自民党の安倍晋三総裁が交わした、
「定数を減らすことを条件に解散する」という約束にまで遡ります。
当時は50から80議席という、かなり大がかりな削減が語られておりました。
けれど蓋を開けてみれば、実際に行われたのは選挙区の線引きを多少直す程度のこと。
長らく、この話は棚上げにされておりました。
それが再び動き出したのは、日本維新の会が「身を切る改革」という掛け声のもと、
定数の3割削減を掲げて自民党に急接近してからでございます。
「身を切る」だなんて、聞こえは勇ましいものですが、切られるのは自分たちの身ではなく、
多様な民意の方だということを、ワタクシは声を大にして申し上げたい。
2023年(令和5年)の暮れには、小選挙区で25、比例で20という「45議席削減」案が検討されました。
合意には至らなかったものの、自民党の内部ではその後、定数の1割にあたる45議席を削る法案が了承されていったのです。
三、「比例だけ45削減」――仕掛けられた自動装置
そしてここからが、今回いちばんお伝えしたいところでございます。
2026年(令和8年)に入り、高市早苗首相と維新の代表とが会談を重ね、
今の国会での法案成立を急ぐ方針が固められました。
6月には、自民党の幹部が「削減は比例で行うように」との首相の指示を明らかにしております。
驚いたのは、この法案の仕組みでございます。
法律が成立してから1年以内に、与党と野党とで話し合って具体的な削減方法をまとめる。
もし1年経っても結論が出なければ、そのときは自動的に、45議席すべてを比例代表から削り取ってしまう、というのです。
まるで、話し合いという名の時間稼ぎをしておいて、期限が来たら問答無用でナイフを振り下ろす。
そんな仕掛けだと、ワタクシには思えてなりません。
しかも6月には野党側の反対を押し切って、与党だけで審議入りを強行し、
野党が欠席するなかで法案の説明や質疑まで進めてしまったというのですから、
これはもう、話し合いの体すら成しておりません。
比例代表というのは、小選挙区では拾いきれない多様な声、
女性の声、少数派の声、地方の声を国会に届けるための、大切な仕組みでございます。
そこだけを狙い撃ちして削るということは、大きな政党をますます有利にし、
声の小さな者たちを黙らせることに他なりません。
しんぶん赤旗の7月1日付3面記事「比例削減許さない 自維で議席8割超独占・本紙試算 中小政党が大幅減」によると
比例を45減らした場合、自民党と維新だけで議席全体の8割を超える勢力になるといいます。
これはもう、多数派の独り舞台。異なる意見を述べる者が、国会からどんどん締め出されてしまう恐れがございます。
四、世界と比べて、日本の議員は本当に多いのか
「議員が多すぎる」という声を、よく耳にいたします。
けれど数字を見れば、それは思い込みに過ぎないことがわかります。
人口100万人あたりの国会議員の数を、先進国が加盟する経済協力開発機構、38か国と比べますと、
日本は下から数えて3番目という少なさなのです。
今の衆議院の議席465は、日本国憲法施行後の歴史のなかで最も少ない数でございます。
議員を減らせば税金の無駄が省ける、という話も聞きますが、
法律を作る仕事や、行政の目付け役としての仕事の量は、人口が減ったからといって同じように減るものではございません。
むしろ議員を減らせば、一人ひとりの国民の声が議員に届きにくくなり、政治がますます遠いものになってしまう。
有識者の方々も、そこを心配していらっしゃいます。
五、民意を切り捨てる者たちの本音
戦時中、ワタクシたちは「お国のために」と、自分の考えを口にすることさえ憚られる時代を生きました。
あの息苦しさを、ワタクシは今でも忘れられません。
だからこそ、異なる声、少数の声が国会に届く仕組みというものが、どれほど尊いものか、身に染みてわかるのでございます。
今、自民党と維新が本当に望んでいるのは、おそらく「効率の良い政治」などという建前ではなく、
異論の少ない、都合の良い国会なのではないでしょうか。
多様な意見がうるさく響く国会よりも、自分たちの思うままに物事を進められる国会の方が、よほど楽でございましょうから。
けれどそれは、民主主義というものの土台を、静かに、しかし確実に壊していく行いだと、ワタクシは思うのです。
選挙のたびに、ワタクシは投票所へ足を運びながら、あの戦争の時代を思い出します。
声を上げることを許されなかった時代を知っているからこそ、この国が再び、
少数の声を切り捨てる方向へ進もうとしていることに、黙ってはいられないのでございます。
国会議員の定数削減、とりわけ比例だけを狙い撃ちにするこのやり方には、ワタクシは強く反対したいと思います。
六、ワタクシからひと言
95年生きて、ようやくわかったことがございます。声というものは、大きい者だけのものではない。
小さな声、少ない声こそ、丁寧にすくい上げる仕組みが、この国には必要なのだと。
皆さまにも、どうかこの話を、ご家族やお友達と語り合っていただけたら、ワタクシはとても嬉しく思います。
最後の一句
戦争知りて 黙る恐さを 知る夏よ
戦時中の沈黙の記憶と、今の政治への警鐘を重ねてみました。




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