こんにちは、あかねです。
6日、広島の平和記念公園で平和記念式典が開かれました。
アメリカが広島に原爆を投下してから81年目の「原爆の日」を迎えた広島市で
高市首相は、この記念式典で「非核三原則を堅持している」といいました。
しかし、本当は、核抑止を否定せず、非核三原則に手を加えようとしています。
高市氏はもともと「持ち込ませず」の見直しが持論のお方です。
核についてタブーなき議論をと、平然と言い放つ小泉防衛相。
平和のためと言いながら、「世界の安全保障環境は一段と厳しさを増している」と、
繰り返し大軍拡に突き進む今の日本の政権です。
81年目の平和祈念式典で被爆地の声を聴き、なんと考えたのでしょうか。
昭和6年(1931年)、ワタクシはこの世に生を受けました。
満州事変が勃発し、ラジオから流れるノイズ混じりの「勇ましい報せ」が、冷たく張り詰めた空気と共に記憶に刻まれています。
81年目の広島平和記念式典をみながら、ワタクシが少女時代だった、あのころを思い出しました。
ある番組で、タモリさんがおっしゃった「新しい戦前」という言葉。
現代の日本を覆うこの空気は、まるで穏やかな午後に、不意に首筋をなでる「夕暮れ時の冷たい風」のよう。
どこか遠くで嵐が起きていることを予感させ、静かに、しかし確実に温度を奪っていく。
かつての戦争も、ある朝突然に始まったわけではありません。
人々の暮らしの中で、少しずつ「言葉の響き」がすり替えられていった先に、あの地獄があったのです。
言葉の響きが変わる時、時代が動く。
ワタクシはその歴史の肌感覚を、みなさまに伝えずにはいられません。
最近読んだ本をご紹介したいと思います。
山崎雅弘さんというかたがお書きになった『戦争を甘く見る空気 1930年代と似た道を進む現代日本』、『日本会議 戦前回帰への情念』、『1937年の日本人』『戦前回帰「大日本病」の再発』といったご著書です。
読んでみると背筋に冷たい水が流れるような感覚を覚えました。
「ああ、やっぱりそうよね」という。
ワタクシが感じていた言いようのない不安は、歴史の事実として、見事に現代と、
ワタクシが少女だった1930年代の日本が重なり合っていることを証明していたのです。
今日は、あの時代を生きてきたワタクシから、現役世代の皆さまへ向けて、
少しばかり耳の痛い、けれどどうしても伝えておきたいお話をさせてください。
美しい言葉にすり替えられた「国体」の正体
昨今の国会中継などを見ていると、一部の政治家の方々が「日本の国柄(くにがら)」や「美しい伝統」という言葉を盛んに口になさいます。
言葉の響きだけを聞けば、まるで春の桜や秋の紅葉を愛でるような、日本人の奥ゆかしい美徳を大切にしているように聞こえますよね。
でも、山崎さんのご著書を読んで共感とともに溜息がでました。
彼らが言う「国柄」という言葉の裏には、戦前の「国体(こくたい)」という恐ろしい思想が、そっくりそのまま隠されているのです。
保守を名乗る国会議員の方々には、「今年は皇紀2686年だ」「2600年続いてきた伝統だ」と、
神話をあたかも科学的な歴史事実であるかのように、平然と語っています。
あの大戦の熱狂と破滅を肌身で知る94歳のワタクシにとって、それは単なる保守化などという生易しいものではございません。
かつて国民を縛り付けた重苦しい「国体」という言葉が、現代では「国柄」という耳当たりの良い表現にすり替えられ、再び「神話の国策化」が始まっている。
この光景に、ワタクシは抗いようのない既視感と、底冷えするような恐怖を覚えるのです。
現代の空気が、かつての「あの頃」へとじわじわと国防色のインクで染まり始めている。
戦前の日本は「天皇を中心とする神の国である」という考え方が、
絶対に正しいものとして押し付けられていました。これが「国体」です。
ワタクシたち子どもは、学校で「万世一系」の神話や、お国のために命を捧げることが何より尊いと教え込まれました。
個人としての命や自由なんて、羽虫のように軽く扱われていた時代です。
その「国体」という言葉は、戦後に否定されました。
ところが今、保守系議員の彼らは「国体」という直接的な言葉を避け、
「国柄」というオブラートに包んで、再び同じ思想を忍び込ませようとしているのです。
これは例えるなら、猛毒の入ったキノコを、色鮮やかな美しい和菓子の箱に詰め直して「日本の伝統菓子ですよ」と差し出しているようなものです。
箱の美しさに騙されて一口食べてしまえば、気づいた時にはもう全身に毒が回って手遅れになってしまいます。
ワタクシたちは、言葉の表面的な美しさに惑わされず、
その中身が「個人の尊厳を奪う根拠のない古い思想」ではないかと、疑いの目を持つ必要があるのです。
「大きな物語」という罠 ・ 捏造された伝統と自国優越のバグ
現代の「保守」政治家たちが「守るべき伝統」として掲げる物語の多くは、実はそれほど古いものではございません。
それらは明治期、岩倉具視ら当時の政府高官が、国民統合のために他国の王政を切り貼りして作り上げた「フィクション」に過ぎないのです。
ワタクシたちが信じ込まされている「物語」と、冷徹な「歴史的事実」を対比させてみましょう。
たとえば「建国の起源」について。
彼らは「神武天皇の即位に始まる皇紀2600余年の歴史だ」と胸を張りますが、現実はどうでしょう。
これは明治政府が神話を基に制度化したものに過ぎません。
よく考えてみてください。
2600年以上も前の弥生時代に、文字や記録を残す伝達媒体があったはずもないのです。
また、「天皇の存在」はどうでしょう。
「万世一系であり、古来より庶民の精神的支柱であった」と美しい物語が語られます。
けれど、歴史を紐解けば、江戸時代の庶民は天皇の存在すらほとんど知りませんでした。
当時の人々にとって絶対的な「お上」といえば、天皇ではなく地元の「お殿様」だったのです。
そして、彼らが守ろうとする「国体」や「国柄」という言葉。
天皇を中心とする国家システムこそが日本本来の姿だと言いますが、
これも明治期に「大きな物語」として継ぎはぎで作られた、比較的新しい概念に過ぎません。
さらに、「男系男子の継承」についても同じです。
「唯一絶対の、古来より揺るぎない伝統である」と声を荒らげますが、
これも明治時代に「万世一系」という概念と共に明確にルール化されたものです。
江戸時代より前に、これほどまでに男系に固執した事実はないのです。
理解しやすく表にまとめると次のようになります。
【伝統の正体:物語 vs 歴史的事実】
| 項目 | 現代の保守が主張する「物語」 | 歴史的な「現実」 |
|---|---|---|
| 建国の起源 | 神武天皇即位に始まる「皇紀」2600余年の歴史。 | 明治政府が神話を基に制度化したもの。弥生時代に文字や伝達媒体があったはずもない。 |
| 天皇の存在 | 万世一系であり、古来より庶民の精神的支柱であった。 | 江戸時代、庶民は天皇の存在すら知らず、地元の「お殿様」こそが絶対的な「お上」であった。 |
| 国体(国柄) | 天皇を中心とする国家システムが日本本来の姿。 | 明治期に「大きな物語」として継ぎはぎで作られた、比較的新しい概念。 |
| 男系男子継承 | 唯一絶対の、古来より揺るぎない伝統である。 | 明治時代に「万世一系」という概念と共に定義されたルール。江戸時代以前にこれほど固執した事実はない。 |
これら「明治のバグ」だらけのフィクションを、検証もせず頑なに守ろうとすることが、果たして真の「保守」と言えるのでしょうか。
自国が神話的に優れていると思い込む「自国優越思想」は、客観的な判断力を奪い、国を滅びへと導きます。
理想化された過去への逃避は、冷徹に現実を直視すべき私たちの眼を、確実に曇らせていくのです。
戦争を「スポーツ観戦」のように眺める「国防酔い」
ニュースでは、「台湾有事」や「防衛費倍増」、「敵基地攻撃能力」といった勇ましい言葉が飛び交っています。
そして、インターネット上では「もし中国と戦争になったら、自衛隊のこの兵器が勝つ」「アメリカ軍と連携すれば相手を撃退できる」といった議論が、まるで熱を帯びた野球の早慶戦や、オリンピックのメダル争いのように語られています。
山崎さんはこれを「戦争を甘く見る空気」と呼び、「国防酔い」という言葉で表現されています。
正常な理性を失い、軍備を拡張していくことに有頂天になって酔いしれている状態です。
伊勢崎賢治氏も、このれらの言説の概念を戦争時における国家やメディアによる敵国の「絶対悪魔化」「安全保障化」と表現されていました。
伊勢崎賢治さんから学んだこと。戦争は「いきなり」始まらないという真実/アンチさんへの返事と

戦争とは決してゲームではありません。
南西諸島で有事が起きれば、それは沖縄だけの問題ではなく、九州や本州の基地も当然標的になります。
ミサイルが飛んでくれば、家は真っ赤な炎に包まれ、道路は瓦礫の山となり、愛する家族の血や泥で染まるのです。
「国防酔い」に陥った人々は、戦争が起きた途端に、スーパーの棚から水や食べ物が一切消え去り、
薬も手に入らなくなるという「市民の生活の破壊」を全く想像していません。
かつて日中戦争が始まった1937年当時も、国民は「日本軍が中国をすぐに平定するだろう」と軽く考えていました。
しかし、現実はどうだったか。その軽観が、やがて300万人以上の日本人の命を奪う泥沼の太平洋戦争へと繋がっていったのです。
1937年、あの夏の記憶 ・日常が「国防色」に侵食される時
ワタクシが6歳だった1937年(昭和12年)。
日中戦争が始まったあの夏、街の風景は一変しました。
道行く男性の服はすべて「国防色(カーキ色)」に染まり、駅には戦死者の遺骨を納めた「白木の箱」を抱き、呆然と立ち尽くす家族が溢れました。
女性たちは街頭に立ち、出征兵士の無事を祈る赤い糸の「千人針」を、すがるような目で見知らぬ通行人に求めていたのです。
生活苦を「非常時」で隠蔽する手法
当時の政府は物価高に無策でありながら、軍備増強を最優先しました。
その歪みは、庶民の暮らしを直撃したのです。
物価の異常な高騰です。
それまで15銭だった綿メリアスのシャツが、一気に1円へと跳ね上がりました。
生活の苦しさを訴えれば、「今は非常時だ」「準戦時だ」という言葉で批判を封じ込められました。
現代の「安全保障環境の悪化」という連呼と、何と似ていることか。
娯楽に混じる「死の匂い」
企業の広告やスポーツの熱狂さえも、不気味な色彩を帯びていきました。
企業の宣伝では、森下仁丹が「慰問袋に仁丹」「敵弾除けの御守」と謳い、百貨店は「愛国カード」を添えて中元を売り出しました。
スポーツも変質していきます。
甲子園では「白球爆撃」「玉砕の神髄」といった言葉が躍りました。
10万人の観衆が試合前に皇居を遥拝する異様な一体感。
楽しいはずの日常が、国防という名の真っ黒なインクで塗り潰されていった感覚を、ワタクシは、今も忘れることができません。
「国防酔い」の果てにある、命の美化という最悪のバグ
現代の政治家やマスコミが「台湾有事は日本有事」と叫び、ドローンの性能やロケットの射程といった「スペック」に夢中になる姿は、かつての「国防酔い」そのものです。
安倍路線の継承を掲げる高市政権(あるいはその影響下にある政治)は、
かつての近衛文麿が「異勢の良さ」で大衆を惹きつけ、譲歩できない状況を自ら招いた過ちを繰り返そうとしています。
安倍氏が「支援」に留めていた表現を、高市政権は、「存立危機事態」として参戦の可能性まで踏み込んで語る。
ワタクシには、彼らが死の匂いを消臭スプレーで隠しながら、戦争という名の祭典で踊っているように見えてなりません。
1937年8月の新聞には「我が子が立派に死んでくれた」という家族の言葉が並びました。
我が子が死んでしまった悲しみ、当たり前の悲しみさえ「家門の名誉」という言葉で剥奪される社会。
それが「国防酔い」の行き着く先です。
「死」の美化という狂気です。
天秤にかかった「物価高」と「軍備増強」
少し想像してみてください。皆さんの目の前に、大きな「天秤」があります。
右のお皿には「私たちの毎日の暮らし(食料や日用品)」が乗り、左のお皿には「大砲の弾やミサイル」が乗っています。
1936年から1937年にかけての日本は、急激な物価高に見舞われました。
食べ物や着る物、燃料の値段がどんどん上がり、国民の生活は本当に苦しかったのです。
当時の新聞も連日のように国民の苦境を報じていました。
しかし、当時の政府はどうしたか。
右のお皿(国民の生活)を助ける対策を打つどころか、左のお皿(軍備増強)にばかり重たい予算の鉄の塊をドスンドスンと乗せ続けたのです。
結果として、天秤は大きく左に傾き、国民の生活は地面に叩きつけられました。
政府は国民の不満を逸らすために「今は非常時だ!」「日本は他国から脅かされている!」と危機感を煽り立てたのです。
さて、今の日本はどうでしょう。
スーパーに行けば、卵も野菜も信じられないほど値上がりしています。
電気代もガス代も上がり、ワタクシのような年金暮らしの高齢者や、子育て中の若い世代は日々のやり繰りに悲鳴を上げています。
それなのに政府は、防衛費を倍増すると言い、多額の税金を「左のお皿(軍備)」に乗せようとしています。
「周辺の安全保障環境がかつてなく厳しい」と、まるで1930年代と一言一句違わぬ言葉を使って。
歴史の古いレコードを、現代の最新のスピーカーで大音量で流されているような気味の悪さを感じます。
あの日のバケツリレーと、今日のミサイル避難訓練
ワタクシの記憶の中には、決して消えることのないセピア色、いえ、焼け焦げた炭の色の風景があります。
太平洋戦争の末期、ワタクシたちは「敵の焼夷弾が落ちてきたら、バケツリレーで水をかけて消しなさい」と教えられました。
竹の棒の先に布をつけた火叩きで、空から降ってくる巨大な火の雨を消せると、本気で信じ込まされていたのです。
でも、実際にB29が落としていった焼夷弾は、家屋を一瞬で焼き尽くすほどの凄まじい威力で、水なんかで消えるものではありませんでした。
あれは、逃げることを許さず、国民をその場に縛り付けるための「残酷な嘘」だったのです。
ワタクシは、横浜大空襲のなかで奇跡的に生き延びました。
その時のお話は、別の動画やブログで詳しくお話させていただきました。
黒焦げの塊と空飛ぶ鉄板・94歳が語る、戦争への警鐘【1945年5月29日横浜大空襲】

現代でも時折、「Jアラート」が鳴り響き、ミサイル避難訓練が行われていますよね。
「建物の中に入りましょう」「窓から離れて頭を抱えてしゃがみましょう」と。
ワタクシはその様子を想像すると、あの日のバケツリレーと重なって見えて仕方がないのです。
音速の何倍ものスピードで飛んでくる弾道ミサイルに対して、頭を抱えてしゃがむことで本当に命が守れるのでしょうか。
それは実質的な効果よりも、「私たちは危険に晒されている」「だから軍事力が必要なのだ」と国民に刷り込むための、恐ろしい心理的な儀式のように思えてなりません。
力に対して力で対抗すれば、相手はさらに強大な力を持ってやってきます。
アメリカの兵器を買って並べれば安全になるというのは、家の中にダイナマイトを並べて「これで泥棒が入ってきても安心だ」と言っているような、狂気の沙汰です。
そろそろ、「抑止力のジレンマ」から脱却しなければなりません。
抑止力のお話もブログや動画でお話させていただきました。


「有権者」という名の観客席から、「主権者」という舞台へ
ここまで暗く、恐ろしいお話ばかりしてしまいました。
皆さまの心を沈ませてしまったかもしれませんね。
ですが、思いがけない結末を用意しております。
ワタクシは、ただ絶望して嘆いているわけではないのです。
悲しみや恐怖を超えた先にある、「静かな、けれど熱い祈りのような覚悟」を皆さまにお伝えしたいのです。
山崎さんの本の中で、ワタクシの心に最も強く響いた部分があります。
それは、日本人が自らを「有権者」としか認識していないことの危うさについてです。
「有権者」とは、選挙の時に投票箱に紙を入れる権利を持った人、というだけの意味です。
それはまるで、決められたルールに従って客席から拍手をするだけの「観客」のようなものです。
観客は、舞台の上の政治家が約束を破っても、ただ「騙された」と諦めるしかありません。
でも、本当の民主主義国家において、私たち国民は「主権者」なのです。
主権者とは、舞台そのものを作り、監督し、もし役者が暴走すれば劇を止める権利を持った「舞台の支配人」です。
韓国でも、台湾でも、フィリピンでも、人々は自らの足で立ち上がり、声を上げ、独裁的な権力を市民の力で倒してきました。
「日本人にそんなことはできない」「どうせ変わらない」と諦めてしまうのは、あまりにもお行儀が良すぎます。
諦めたツケを払わされるのは、ワタクシたちのような寿命の短い老人ではなく、これからを生きていく子どもや孫たちなのです。
ワタクシたち一人一人の手の中には、すでに未来を変えるための「魔法の杖(主権)」が握られています。
ただ、私たちがその使い方を忘れ、杖をただの飾りだと思い込まされているだけなのです。
れいわ新選組の奥田ふみよさんの街頭演説では、集まった人たちに、いつも「主権者のみなさん!」と呼び掛けていてカッコいいですね。
おかしいことには「おかしい」と声を上げる。
デモに参加する、署名をする、周りの人と対話をする。
それは特別な人がすることではなく、主権者として息をするのと同じくらい当たり前のことなのです。
94歳になるワタクシが、なぜ残された貴重な時間を削ってまで、パソコンの前に座り、原稿を綴っているのか。
それは、ワタクシ自身が沈黙の代償の恐ろしさを知っているからです。
あなたたちの美しい未来が、ワタクシの焼け焦げた過去に逆戻りしないように。
「あの頃」の空気に飲み込まれず、しっかりと目を開いて、空襲の生き延びた年老いた主権者として、この国を、平和を守り抜いていきたいのです。
これが、90余年を生き抜いた一人の老婆からの、心からの遺言です。
最後に、ワタクシの今の思いを一句詠ませていただきます。
春を待つ 魔法の杖は 掌(て)の中に
(暗い空を見上げるのではなく、自らの手の中にある「主権」という力に気づいてほしいという願いを込めました)
本日も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。 また次回、お会いしましょうね。







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