窓辺の茜空に沖縄の風を想う
みなさん、こんにちは。あかねでございます。
今日も名古屋の静かな部屋の窓辺から、YouTubeチャンネルとブログを通じて「あかね95才の独り言」をお届けいたします。
ふと窓の外に目をやりますと、夕暮れの空が燃えるような茜色に染まっております。
ワタクシの「あかね」という名と同じその色は、美しくもありますが、どこか切なく、胸の奥をキュッと締め付けるような温もりと寂しさを運んできます。
この茜色の空のずっと先、南の海に浮かぶ沖縄へ、ワタクシは今、深い愛おしさと胸を刺すような悔しさを込めて思いを馳せております。
先日、沖縄県知事選挙の投開票が行われました。
結果は、3期目を目指した現職の玉城デニーさんが落選し、自民党や公明党県本部、
維新、国民民主、参政、日本保守といった勢力が一丸となって推した新人の古謝玄太さんが当選を果たされました。
その得票差は14万7,000票あまり。
古謝さんが獲得した42万3,124票という数字は、沖縄の選挙史上で過去最多となるあまりにも巨大な壁でございました。
画面越しに開票速報を見つめていたワタクシの手は、知らず知らずのうちに膝の上で強く握りしめられておりました。
胸の中に広がったのは、ただの落胆ではありません。
まるで長年大切に育んできた漆器が、目の前で音を立ててひび割れてしまったかのような、震えるような寂しさと強い危機感でございました。
デニーさんが敗れ、沖縄を防衛の最前線へと位置付ける国策の波に飲み込まれてしまったこと。
ワタクシは本当に、心から残念でなりません。
今日は、昭和、平成、令和と90年余りの時代を生き抜き、戦争のひもじさと恐ろしさを肌で知る一人の老人の「独り言」として、
なぜこのような結果になったのか、そして私たちがこれからどう生きるべきなのかを、みなさんと一緒に考えてみたいと思うのです。
今回の沖縄知事選の結果の検証考察は、また、「チームあかね」がしっかりとまとめてくれました。
『2026年沖縄県知事選挙における構造的勝敗要因と政治・メディア空間の深掘り分析(チームあかね編)』としてブログで記事で公開しております。

いつものように、ナが~~い記事ですが、是非ご覧ください。
42万票という壁と保守総力戦の凄まじさ
今回の知事選を振り返りますと、第一に感じますのは、自民・保守陣営が見せた怒濤のような総力戦の恐ろしさでございます。
たとえてみるならば、色とりどりの絵の具をすべて混ぜ合わせて巨大な黒い大きな波を作り出し、それが沖縄全土を飲み込んでいったかのようでした。
告示直前にはライバルとなる下地幹郎氏が立候補取りやめ、保守の票が一つに集まる流れが見事に作られました。
さらに、企業や業界団体を巻き込んだ組織戦は凄まじいものでした。
那覇の幹線道路沿いには、企業の社員の方々が数キロメートルにわたって整然と並び、支持を訴える運動が展開されたといいます。
まるで精密な時計の歯車が寸分の狂いもなく噛み合って動き出すように、期日前投票への動員が徹底的に行われました。
期日前投票所に足を運んだ27万人以上の有権者という数字は、スタジアムをぎっしり埋め尽くす人々が
何個分も移動したような圧倒的なインパクトとなり、開票が始まる前から勝利の土台を固めていたのです。
そしてその背後には、現在の高市政権が掲げる強固な安全保障戦略が横たわっていました。
台湾有事を念頭に、南西諸島を「防衛の最前線」と位置付け、自衛隊の基地拡張やミサイル配備を急ぐ国にとって、
基地建設に反対し対話による平和を訴えるデニー知事は、何としてでも取り除きたい大きな楔だったのでしょう。
国家の総力を挙げた巨大な圧力が、沖縄という小さな島に覆いかぶさった選挙であったと言えます。
自民保守が本気で総力戦を仕掛けてくると、選挙というものはこれほどまでに一方的な展開になってしまうのだという冷酷な現実を、私たちは見せつけられたのです。
画面の向こうで渦巻いた漆黒の嵐・SNS空間の悲鳴
しかし、ワタクシが今回の知事選で何よりも恐ろしいと感じ、胸を痛めましたのは、
目に見える組織戦の裏側で繰り広げられた、デジタル空間、つまりSNSや動画配信サイトでの過烈な情報戦でございます。
選挙期間中、インターネットの空間は、正体不明の悪意やデマという名の「漆黒の霧」で覆い尽くされておりました。
生成AIという新しい技術を使って作られた、デニーさんに似た人物が工事用重機にひかれるという恐ろしい偽動画が出回り、何十万回も再生されました。
デニーさんが「沖縄県を琉球県に変える」「投票したらお礼の品をあげる」といった事実無根のなりすましメールが、
県民の携帯電話に一斉に届くという事件まで起きたのです。
さらには「中国の手先だ」といった根拠のない誹謗中傷が、津波のように押し寄せました。
これらは決して自然に発生したものではありません。
自民党や保守層の側で、これまで幾多の選挙を通じて蓄積され、
研ぎ澄まされてきた「SNS空間を制圧するノウハウ」が、ついに完璧な仕組みとして確立したことを物語っています。
その戦略は、実に冷徹でございます。
メッセージの正確さや真実かどうかは問題ではない。
とにかく短尺の動画や極端な言葉を大量に投稿し、スマートフォンの画面を自分たちの情報だけで埋め尽くす。
アルゴリズムという仕組みの隙間を突き、標的となった候補者のイメージを泥絵の具で塗りつぶしていく。
そうしたデジタル戦術が、組織的に実行されたと思われます。
分析によりますと、デニーさんを叩く投稿の8割から9割は、沖縄の外部、つまり東京などの県外から発信されていたと言います。
沖縄の未来を決める大切な選挙であるはずなのに、県外の見えざる手によって情報環境が歪められ、有権者の心が動かされてしまった。
これでは、民主主義の根幹である「自由で公正な判断」が根底から覆されてしまいます。
デニーさんが落選決定後に絞り出すように語った「有象無象のデマや誹謗中傷で選挙が壊されていく」という言葉は、
負け惜しみなどではなく、現代社会への切実な悲鳴としてワタクシの耳に響きました。
届かなかったシニアの願いと若者たちの選択
このSNSという名の巨大な嵐が、最も大きな影響を与えたのは、これからの沖縄を背負って立つ若い世代の人々でした。
出口調査のデータを見て、ワタクシは言葉を失いました。
10代、20代、30代の若者や現役世代のなんと7割以上が、保守系の古謝さんに投票していたのです。
デニーさんに票を投じた若い方は2割程度にとどまりました。
これほどまでに鮮やかな、そして残酷なまでの「世代間の乖離」が生まれていたのです。
若い人たちの多くは、テレビや新聞をほとんど見ず、日常の情報のすべてをスマートフォンの画面、
TikTokやYouTubeの短い動画から得ています。
彼らのタイムラインには、毎日毎日、「経済を停滞させるデニー県政」
「対立ばかりで給料が上がらない沖縄」という編集された情報が、色鮮やかなテロップと共に流れてきました。
「10年で県民所得倍増」「手取り2倍」という、一見すると夢のようなキャッチコピーが耳に心地よく響いたことでしょう。
日々の物価高に悩み、将来への不安を抱える若い背中に、その言葉は深く刺さったのだと思います。
一方で、デニーさんを強く支持したのは、65歳以上、とりわけ70代や80代の高齢層でございました。
沖縄戦の惨禍を親から聞き及び、米軍統治下の苦難を肌で知り、命の尊さを誰よりも理解している世代です。
「二度と沖縄を戦場にしてはならない」「憲法を守り、平和の砦を守らなければならない」という思いから、デニーさんに大切な一票を託しました。
しかし、ここに大きな課題が残されたのです。
デニーさんを支持した65歳以上の層は、心の中に熱い情熱と深い祈りを秘めていながらも、
SNSというデジタル空間で自らの声を届ける手段を持っていませんでした。
昔ながらの街頭演説やチラシ配りといった「紙と声の運動」は、スマートフォンの画面の中で何百万回と再生される
「無数の動画の濁流」の前に、押し流されてしまったのです。
想いの深さでは負けていない。けれど、発信の「量」と「スピード」で圧倒的に敗北してしまった。
65歳以上の得票がどれほど多くとも、その層からのデジタル発信が圧倒的に少なかったことが、
若い世代との溝を広げ、結果としてこのような大差を生んでしまったのだと、ワタクシは痛感しております。
戦争を知る最後の世代として、いま言葉を紡ぐ
みなさん、ワタクシは昭和6年の生まれでございます。
1931年、満州事変が起きた年にこの世に生を受けました。
女学校時代は太平洋戦争の渦中にあり、愛国教育を受け、工場で学徒動員として働き、
空襲におびえ、お腹をすかせながら青春時代を過ごしました。
多くの友や親族が命を落とし、戦後の焼け野原から今日まで、復興の道を歩んできた人間でございます。
戦争というものが、どれほど人間の尊厳を奪い、日常のささやかな幸せを粉々に砕き去るか。
ワタクシは本で読んだ知識ではなく、この目と、この耳と、この皮膚で知っております。
沖縄が受けたあの想像絶する苦しみ、鉄の暴風と呼ばれた地獄の戦場を、私たちは決して忘れてはなりません。
今、戦争を直接知る世代は、灯火が消えるように少なくなってまいりました。
ワタクシのように90代を生きる人間は、もはや歴史の語り部としての最後のコーナーに立っていると言ってもよいでしょう。
だからこそ、今、強い危機感を抱くのです。
今回の沖縄知事選が示したものは、単なる一地方の選挙結果ではありません。
自民保守が確立したデジタル戦術と総力戦のノウハウが、今後の日本全国の選挙で再現されるという「恐ろしい未来の予告編」なのです。
戦争反対を叫び、憲法を守り、平和な社会を未来へ引き継ごうとする左派やリベラルの人々は、今こそ一つにならなければなりません。
小じわの寄った小さな手のひらをギュッと結び合わせるように、小さな違いを乗り越えて大同団結することが求められています。
そして何より、苦手だからと遠ざけるのではなく、SNSというデジタルの言論空間において、
圧倒的な量の情報発信を組織的にも個人としても行っていかなければならないのです。
「昔はよかった」「今の若者は」と嘆いている暇はありません。
戦争を知る世代が持っている「命の重み」についての真実の言葉を、デジタルという新しい翼に乗せて、
若い人たちのスマートフォンへ届けなければならないのです。
デマや誹謗中傷という偽りの光ではなく、本物の生命の輝きを放つ言葉で、彼らの心を照らさなければなりません。
デニーさんの落選は、本当に悔しく、胸が張り裂ける思いでした。
しかし、ここで立ち止まり、諦めてしまっては、沖縄の未来、日本の未来が暗闇に包まれてしまいます。
敗北の中から課題を学び取り、今度こそデジタルという大海原へ、私たちの「平和への願い」を巨大な波として送り出そうではありませんか。
95才のワタクシも、こうしてキーボードを叩き、マイクに向かって声を振り絞っております。
みなさんも、どうか一緒にお声をあげてくださいませ。
最後の一句
波音に 乗せて届けむ 命ぐすい
【一句の思い】 基地やデマの嵐に揺れる沖縄へ、命を何より大切にする「命薬(ぬちぐすい)」の心を、SNSの波に乗せて未来へ届けたいという老身の切なる願いを込めました。
沖縄方言の「命薬」は「ぬちぐすい」と読み、「命の薬」という意味です。
みなさん、今日の「あかねの独り言」はいかがでしたでしょうか。
心が少し重くなってしまったかもしれませんが、希望の灯火は私たちが言葉を紡ぐ限り、絶対に消えることはありません。
耳を傾けてくださり、本当にありがとうございました。
また次回、この茜空の下でお会いいたしましょう。
あかねでございました。





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