息苦しい毎日を変える鍵はここにある『資本論』が描いた「人間賛歌」と共産党綱領改定が照らす自由な時間の未来

あかね

ワタクシと『資本論』のめぐりあい

ワタクシは若いころから『資本論』を読んでまいりました。

マルクスの未来社会論に胸を打たれ、日本共産党の綱領や文献も、夢中になって読みあさったものでございます。

搾取のない、人類の自由を手に入れる道すじが、ここにしっかり書いてある。

そう思ったときの震えるような感激は、いまも忘れられません。

このたび共産党の綱領改定をめぐる議論を読み、あの若き日の熱い気持ちがよみがえってまいりました。

ワタクシは党員ではございませんが、日本共産党にはもっともっと大きくなってもらいたいと願っております。

世の中には、「社会主義や共産主義には自由がない」という反共宣伝のせいで、偏見を持っている方が大勢いらっしゃいます。

けれど『資本論』と日本共産党綱領をじっくり読めば、それが誤りだとお分かりになるはずです。

不破さんの議論から、今回の綱領改定の考え方がどう発展してきたのかを、一般の方にもわかりやすく広めていく活動が、いま必要ではないでしょうか。

日本共産党第10回中央委員会総会が開かれ、しんぶん赤旗で詳しい記事が掲載されていました。

第30回党大会に提案する党綱領一部改定案と提案報告、大会決議案と

2019年に出された「『資本論』のなかの未来社会論・不破哲三著」での議論の発展をこの機会に読み比べてみました。

『資本論』のなかの未来社会論 | 不破 哲三 |本 | 通販 | Amazon
Amazonで不破 哲三の『資本論』のなかの未来社会論。アマゾンならポイント還元本が多数。不破 哲三作品ほか、お急ぎ便対象商品は当日お届けも可能。また『資本論』のなかの未来社会論もアマゾン配送商品なら通常配送無料。

息苦しい日常の正体と、「自由」をめぐる誤解

「毎日仕事に追われて、自分のやりたいことに使う時間も体力も残っていない」

「どんなに効率よく働いても、先行きの不安も生きづらさも消えてくれない」

いまを生きる若い方々や、働く皆さんの間に、心も体も燃え尽きてしまうほどの疲れと、先の見えない不安が広がっております。

それを「努力が足りないからだ」「自己責任だ」と片づけてしまう風潮がありますが、ワタクシは違うと思うのです。

生きづらさの根っこには、わたくしたちが暮らす社会そのものの仕組みが横たわっております。

一方で、「社会主義」「共産主義」と聞くと、「国に個人の自由を縛られる、息苦しい統制の社会」

「冷たいお役所仕事の独裁」といった暗い影を思い浮かべる方が少なくありません。

その結果、「どんなに苦しくても、自由があるぶん、いまの資本主義のほうがまだマシ」というあきらめが、社会全体を覆ってきました。

けれども、長い年月のなかでつくられたこの思いこみは、マルクスが本当にめざしたものとは正反対です。

彼が生涯をかけて書き上げた『資本論』の核心は、資本主義のからくりを解き明かすことだけにとどまりません。

ひとりひとりの自由と尊厳、そしてまだ咲いていない可能性を、最大限に咲かせようという「人間賛歌」の理論だったのでございます。

毎日感じている息苦しさの正体も、そこから抜け出すヒントも、じつはマルクス自身の言葉のなかに隠れていたのですね。

『資本論』が本当に描いた世界・「人間の自由」を真ん中におく未来

『資本論』を、ただ難しい経済学の批判書として読んでしまうと、その値打ちを見誤ります。

マルクスが追い求めた最大のテーマは、資本主義の先にある未来社会で、人間の自由と可能性がどのように解き放たれるのか、という点にありました。

マルクスは『資本論』第3部の第7篇第48章で、未来社会における人間の営みを考えるうえで決め手となる、2つの領域を示しております。

ひとつは「必然性の国」。

衣食住をはじめ、暮らしに欠かせないものをつくる、人が生きていくためにどうしても必要な労働の領域です。

もうひとつは「自由の国」。

働く時間をぐんと短くすることで生まれる、学問、芸術、スポーツ、趣味、そして豊かな人づきあいなど、

ひとりひとりが自分の力と個性をのびのびと育てるための領域です。

マルクスには「時間は人間の発達の場である」という名言がございます。

生きるために働く「必然性の国」の時間と負担を、社会みんなの力でうんと小さくして、すべての人に、たっぷりの「自由な時間」を保障する。

これこそが「自由の国」を花開かせる鍵なのです。

搾取や行き当たりばったりの生産をなくすのは、ゴールではなく、ほんの第一歩にすぎません。

その先にある本当のねらいは、ゆたかな自由時間を通じて、

「ひとりひとりの自由で全面的な発展」を実現することにあるのです。

じつは、この「自由の国」と「必然性の国」の関係を軸にしたマルクスの未来社会論は、

『資本論』第3部が世に出てから、ほぼ100年ものあいだ見落とされてきたという歴史がございます。

冷戦のころは、国がすべてを統制する暗いイメージばかりが先に立ち、いちばん大切な部分が、

長いあいだ土の下に埋もれてしまっていた。なんとも不幸なことでございました。

資本主義の社会と未来の社会、ものの見方がどう違うのか

ここで、ふたつの社会を並べて、頭の中に絵を描いてみましょう。

まず、利潤第一の資本主義社会です。

ここでの目的は、剰余価値、つまり儲けを、どこまでも大きく増やしていくことです。

人間は、資本を増やすための「手段」、あるいは「コスト」として扱われてしまいます。

働く人の時間は限界まで奪われ、過労と搾取へと追い込まれていきます。

いっぽう、人間を中心においた未来社会では、

目的はすべての人が自分の可能性をひらく「ひとりひとりの自由で全面的な発展」です。

人間は、社会や国の都合に従わされる存在ではありません。

人間が育つことそのものが目的なのです。

工場や機械などの生産手段をみんなで共有し、計画的に運営することで、

働く時間を劇的に短くして、すべての働く人に「自由な時間」を保障いたします。

儲けのために人がいる社会か、人のために暮らしがある社会か。根本の向きが、まるで逆さまなのですね。

理論の進化・「手段」と「目的」の整理、そして生産力の質の転換

近年の研究と、新しい綱領の改定は、マルクスが本来めざした「人間解放の哲学」を、21世紀の課題へとつなぎ直しております。

とくに、不破哲三さんが2019年(令和元年)に著された『「資本論」のなかの未来社会論』と、

2026年(令和8年)の綱領一部改定案をめぐる志位和夫議長の報告は、長いあいだごちゃまぜにされがちだった

「経済の手段」と「人間の幸せという目的」の関係を、じつにすっきり整理してくださいました。

「生産手段の社会化」は手段、ひとりひとりの発達こそが目的

これまでの社会主義のイメージでは、工場や技術などを社会みんなのものにする

「生産手段の社会化」そのものが、目的のように扱われてきました。

そのことが、「国がすべてを統制し支配するのではないか」という誤解を生む原因になっていたのです。

ところが最新の到達点では、「生産手段の社会化」は目的ではなく、

人間の自由を実現するための条件であり、手段なのだと、はっきり位置づけられました。

儲けの独り占めをやめて、社会全体で生産の土台をいっしょに管理し運営するのは、

過酷な長時間労働やむだな競争をなくし、すべての人に十分な「自由な時間」を生み出すための土台づくりにすぎません。

そして、その手段によってたどりつく「ひとりひとりの自由で全面的な発展」こそが、それ自体が目的なのです。

人間の発達や幸せは、国や社会が発展するための道具ではございません。

この順番をはっきりさせたとき、むかしながらの強権的な国のイメージとはきっぱり縁を切った、人間中心の未来の姿が浮かび上がってまいります。

むだづかいの社会を抜け出し、生産力の「質」を変える

「生産力」の考え方にも、大きな質の転換がございます。

儲けをどこまでも増やそうとする資本主義は、売れ残りやいらない消費をあおりたてる「むだづかいの社会」をつくりました。

そして、働きすぎの一方で、地球の温暖化など、取り返しのつかない環境破壊まで引き起こしてまいりました。

未来社会がめざすのは、ただ数を増やすことでも、技術をやみくもに広げることでもありません。

生産力を「質」の面から変えて、自然との調和、世話や介護の仕事の尊重、

そして長くつづけられることを大切にする、賢くて心の豊かな社会へと舵を切ることです。

ここで、ふたつの社会の違いを、項目ごとに頭の中で見比べてみましょう。

根本の動機は、資本主義では儲けを無限に増やすこと、未来社会ではひとりひとりの自由で全面的な発展と人間の尊厳です。

生産力の質は、資本主義では数ばかり増やす無計画な拡大、つまりむだづかいの社会で、

未来社会では環境への負担を抑えた計画的な、質の高い発展、つまりものを循環させる社会です。

時間のとらえ方は、資本主義では儲けを生むために労働時間をのばし、

未来社会では労働時間を思いきり短くして自由な時間を保障します。

人工知能などの技術の役割も正反対です。

資本主義では、人件費を削って働く人を締め出し、管理を強めるために使われがちですが、

未来社会では、働く負担をぐんと軽くして、人間ののびやかな創造力を支えるために使います。

生き物の世界や気候については、資本主義では儲け優先のとりすぎと温暖化の放置、

未来社会では計画的な運営による環境負担の抑制と、気候危機の回避をめざします。

そして人間観。資本主義は人を資本を増やす手段とみなし、

未来社会は人を、社会や国の道具ではない、それ自体が目的の存在とみるのです。

日々の闘いと未来をつなぐ「地つづき」の視点

こうした未来社会の姿は、遠い遠い絵空事ではございません。

わたくしたちがいま、目の前の生きづらさをなくし、権利を守ろうと声をあげる行動は、

未来社会を築いていく道のりと、「地つづき」でつながっているのです。

マルクスは『資本論』のなかで、19世紀のイギリスの労働者たちが、50年にもわたる闘いの末に勝ちとった「工場法」、

つまり労働時間のルールの分析に、たくさんのページを割きました。

資本の無法な搾取から、働く人の命と暮らしを守るための労働時間の制限を、

マルクスは「強力な社会的バリケード」と呼びました。

そして、この労働時間の規制こそが、

古い社会のなかで新しい社会をつくり出す「形成要素」であり、「変革契機」になると見抜いたのです。

この見方は、いまのわたくしたちが直面しているさまざまな問題と、まっすぐに響き合います。

まず、働きすぎと燃え尽きからの解放です。

労働時間を短くしたり、残業に歯止めをかけたりする今日の取り組みは、

たんに働く条件をよくするだけのものではございません。

奪われた時間を自分の手に取りもどし、「時間は人間の発達の場である」という

本来の姿を取りかえす、未来社会の「形成要素」そのものなのです。

つぎに、気候危機と人工知能の使い道をめぐる主導権です。

儲け優先の「むだづかいの社会」から抜け出し、

環境と共に生きる経済へ変えていこうという運動は、未来社会の土台を固める歩みです。

人工知能や自動化の技術を、「人を追い詰める解雇や監視の道具」から、

「人の負担を軽くして自由な時間を生み出す道具」へと変えていく主体的なとりくみも、ここにつながります。

そして、世話や介護の仕事の尊厳と、性と生殖に関する健康と権利の保障です。

育児、介護、医療といった「ケア」の仕事の社会的な値打ちを高め、

ひとりひとりが自分の体と性について自分で決める権利、

「SRHR」と呼ばれるものを確かなものにする。

これは綱領のなかでも、たいへん大切な位置を占めております。

その根っこにあるのは、党派や運動のちがいをこえて「人間の尊厳を守りぬく」という姿勢であり、

人間そのものをなによりも慈しむ「人間賛歌」の心なのです。

今日、職場で、地域で、社会で、理不尽な仕組みに立ち向かい、人間の権利を求めるひとつひとつの行動は、

すでに未来社会の芽を育てる「地つづき」の営みでございます。

おわりに・だれもが「自分らしく」輝ける未来へ

「社会主義イコール個人の不自由」という、むかしからの誤解や偏見をひとたび解き放てば、

そこには、わたくしたちがずっと望んできた、人間らしい生き方の展望が広がっております。

マルクスが構想し、いまも探求が進められている未来社会の本当の姿とは、

「ひとりひとりの自由で全面的な発展を基本原理とする社会」です。

それは、特定の価値観を押しつけられたり、国の意思に従わされたりする、閉ざされた世界ではございません。

すべての人にゆたかな「自由な時間」が保障され、だれもが自分のなかに眠る可能性や才能、表現する力、

そして人とのきずなを、思う存分に育てられる社会なのです。

「生産手段の共有」も「労働時間の短縮」も、すべてそのための手段にすぎません。

本当の目的は、どこまでも、あなたという「ひとり」が、尊厳をもって自分らしく生きること。

ただそれだけなのです。

この未来への道すじは、なにか恐ろしい冒険に飛びこむことではございません。

「毎日をもう少し心ゆたかに暮らしたい」「時間に追われず、自分らしく生きたい」という、

わたくしたちが日々胸に抱いている、あたりまえの願いの延長線上にあるのです。

企業の儲けを増やすことをなによりも優先する社会から、ひとりひとりの幸せと自由をなによりも大切にする社会へ。

冷たいあきらめは、もう手放しましょう。

わたくしたちが本当に望む未来について、ここから一緒に語り合い、歩みを進めてまいりませんか。

ワタクシも、この年になってなお、その道のりをご一緒したい気持ちでいっぱいでございます。

最後の一句

時間とは 人が咲くため 土のこと

土があってこそ花は咲きます。忙しさに踏み固められた土を、ゆっくり耕しなおす時間こそが、人の花を咲かせる。ワタクシの願いを、ひと句にこめてみました。

アマゾンのアンリミテッドという月額980円のサービスを申し込むと『週刊文春』など毎週ゼロ円で読むことができます。 他にも週刊新潮や東洋経済、エコノミスト、ニューズウィークなどゼロ円です。書籍やファッション雑誌やお料理の雑誌などいっぱい980円で読めます。すごく経済的です。
Amazon Sign-In
あかね
この記事を書いた人
akane

90年の人生を振り返ってブログとYouTubeで独り言朗読音声を残しています。娘、息子や孫、ひ孫にパソコン、スマホを習って挑戦!「あかねの独り言制作実行委員会」なるものを結成してくれて90年の現代史を残すんだ!とワイワイ手伝ってくれています。長生きするのもワルクナイ!

akaneをフォローする
シェアする
akaneをフォローする

コメント

タイトルとURLをコピーしました