最近は、ありがたいことに、日本語で読める海外の記事なんかも目に入るようになりました。
システムエンジニアの息子が「チームあかねのニュースリサーチシステム」を作ってくれました。
世界中の新聞社やテレビ局などの情報サイトを巡回して、まとめてくれるシステムです。
スゴイ時代になったものだと思います。この歳になっても、ボケてはいられませんね。
毎朝読んでいるのは「しんぶん赤旗」ばかりではないんですよ。
そこでひとつ、読んでいて思わず手が止まった記事に出会いましてね。
韓国のハンギョレ新聞、チョン・ウィギル記者が書いた記事です。
タイトルがまた、ドキッとするものでして。
「トランプ巻き込んだネタニヤフの戦争論理…種は24年前に撒かれていた」

記事の「24年前」というのは2026年からみて、ということでしょうか……いえ、記事の核心はもっと前、1990年代の話でした。
94年生きてきたワタクシにとって、「種が撒かれた」という表現は、骨身にしみます。
戦争というものは、ある日突然始まるものではない。ワタクシが幼い頃から体で覚えてきたことが、まさにそれでした。
ワタクシが、気になったテーマでブログを書く前に「チームあかね」が、そのテーマで、いろんな情報を調べてくれるのです。
その情報たるや膨大で、「全部を読むのは無理だから、まとめてよ」いうことで、
せっかくなので、詳しい内容は「チームあかね編」として別記事を公開することにしました。
今回の内容のチームあかね編は、「アメリカの中東政策とイスラエル・ロビー」で公開してあります。
概要欄にURLをご紹介しております。是非、ご覧ください。

それでは、ハンギョレ新聞の記事に話を戻します。
まず、この記事の「地図」を頭に入れてください
チョン記者の記事と、2007年に出版された2冊の本を合わせて読むと、ぼんやりとした霧が晴れるように「なるほど、そういうことか」とわかってくることがあります。
その本というのが、シカゴ大学のジョン・ミアシャイマー教授とハーバード大学のスティーブン・ウォルト教授が書いた本です。
日本でも翻訳されて、ワタクシも読みました。
『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』1と2の分冊です。
アメリカの対外政策は、アメリカ国民の国益ではなく、「イスラエル・ロビー」という強力な圧力集団に左右されている、と真正面から批判した本です。
出版当時は大きな波紋を呼びました。
「ロビー」というのは、議会に働きかけて自分たちに都合のいい政策を実現させようとするグループのことです。
日本で言えば、さしずめ業界団体が政治家に陳情するようなもの、自民党にとっての統一教会見たいなものでしょうか。
ただ、スケールがまるで違います。
「イスラエル・ロビー」とは何者か
ミアシャイマーとウォルトの本によれば、イスラエル・ロビーというのは、一枚岩の秘密組織ではありません。
「米国イスラエル広報委員会(AIPAC)」や「全米主要ユダヤ人団体代表者会議」などの組織に加えて、
近年ではキリスト教の福音派(エバンジェリカル)やキリスト教シオニストも加わった、緩やかだが強大な連合体です。
その影響力たるや、驚くべき数字で表れています。
1946年から2013年までの67年間、アメリカが世界中に提供した対外経済・軍事援助の累計のうち、
60%がイスラエル一国に集中していたというのです。
年間でいえば30億ドル、日本円にすると4000億円を超える規模が、無条件で流れ続けてきた。
その原動力は豊富な政治献金であり、圧倒的な動員力であり、政財界に張り巡らされた人脈です。
さらに、イスラエルの政策に疑問を呈する者には「反ユダヤ主義者」というレッテルを貼って封じ込める、という戦術も使われてきたと指摘されています。
批判することそのものを「悪」として封印してしまう、
この手口は、ワタクシが戦時中に経験した「非国民」というレッテルと、どこか似た匂いがして、胃のあたりがしくしくいたします。
「種」はいつ撒かれたのか――時系列で追う
では、チョン記者の言う「24年前に撒かれた種」とは、具体的に何でしょうか。ワタクシなりに整理してみます。
94年生きてきたワタクシには、このくらいの時間軸は「ついこのあいだ」に思えてしまいますが、若い方には途方もない歴史に見えるかもしれません。
1993年――和平が生んだ逆説
物語の出発点は、意外なことに「和平合意」でした。
1993年、イスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)の間で「オスロ合意」が結ばれます。
宿敵同士が握手する、歴史的な瞬間でした。テレビ映像を見て涙した方もいたでしょう。
ところが、この「和解」が逆に新たな火種を生んだとチョン記者は指摘します。
中東の緊張が和らいでいけば、イスラエルが周辺のアラブ諸国を「敵」と呼ぶ理由が薄れていく。
そこでイスラエルの強硬派は、新しい「主要敵」としてイランを選んだというのです。
平和の中に、次の戦争の種が埋め込まれていた。これが最初の「種まき」です。
1995〜96年――和平を憎んだ男の台頭
和平を主導したイスラエルのラビン首相は、1995年に極右勢力によって暗殺されます。
その翌年、ラビンとは対極にいた強硬右派リクードのネタニヤフが初めて首相の座に就きます。
これによってオスロ合意は事実上、消えてなくなりました。
同時期、アメリカの強硬派(ネオコン=新保守主義者)はネタニヤフを「現地の実行者」と位置づけ、
中東和平とは完全に縁を切り(クリーンブレイク)、中東の「敵対政権」を次々と除去して米国中心の新秩序をつくるという戦略を立案します。
これが、現代の中東戦争という大きな川の源流です。
2002年――イラク戦争へのお膳立て
2002年、ネタニヤフは米国議会の演壇に立ち、こう言い放ちます。
「フセイン政権を除去すれば、地域全体に巨大なプラスの波及効果がある」と。
翌年、イラクの大量破壊兵器開発をでっち上げてイラク戦争が始まります。
結果は……みなさんご存知の通り、泥沼でした。
2018年〜現在――イランへの道
2015年にオバマ政権がイランと核合意を結ぶと、ネタニヤフは米議会に乗り込んで真っ向から反対演説を行います。
大統領の政策に外国首脳が議会で噛みつくなど、前代未聞のことです。
そして2018年、トランプ政権はその核合意を一方的に破棄しました。
これが現在の戦争への「点火」だったと言えます。
2023年のガザ戦争、2025年のイランへの「12日戦争」、そして2026年2月28日の開戦へ、
種は、30年以上かけてゆっくりと根を張り、ついに大きな炎となって燃え上がりました。
ネタニヤフという「老練な操縦者」
チョン記者の記事が特に鋭いのは、ネタニヤフという人物の動機を深く掘り下げているところです。
彼はトランプとの「特別な親交」を誇示しながら、アメリカという超大国をあたかも自分の手駒のように扱う。
アメリカの力を操ってきた老練な操縦者、と記事は表現しています。
しかも、彼には戦争を拡大させる「個人的な理由」もあるとされています。
国内での汚職疑惑、戦犯容疑——それらの追及から目をそらすためにも、「戦争」という名の嵐を絶やすわけにいかない、というわけです。
これは人類の歴史が何度も繰り返してきたパターンです。
権力者が内憂から民衆の目をそらすために外患を演出する。
ロビーの「ひび割れ」――希望の光はあるのか
ただ、チョン記者の記事では、この鉄壁に思えたイスラエル・ロビーにも、少しずつ亀裂が入り始めていると書かれています。
ひとつは、アメリカのユダヤ人社会の内部分裂です。
イスラエルの右傾化に反発する若いユダヤ系アメリカ人が増え、「Jストリート」のような平和志向の対抗ロビーが台頭してきています。
もうひとつは、党派性の深化です。
ネタニヤフが共和党と手を結びオバマ(民主党)と対立したことで、「イスラエル支持は超党派」という建前が崩れはじめました。
さらに、イラン核合意の際にAIPACは阻止しようと猛烈なキャンペーンを張りましたが、オバマ政権に敗北しました。
絶対的に見えた影響力に、陰りが見えはじめた瞬間でした。
イラン戦争の泥沼化は、アメリカ国内でのイスラエル責任論を呼び、トランプ支持層にも分断をもたらしつつある——チョン記者はそう結論づけています。
94歳のワタクシが思うこと
ワタクシは、満州事変の年に生まれ、幼い頃から戦争のにおいの中で育ちました。
空襲、食糧難、そして終戦。
あの時代を「内側から」知っている人間として、ひとつだけ申し上げたいのです。
戦争は、始まった日に始まるのではありません。
種は、10年、20年、時に30年前に撒かれています。
誰かが丁寧に水をやり、肥料を施し、静かに育ててきた種が、ある日突然「開戦」という花を咲かせる。
チョン記者の記事のタイトル「種は24年前に撒かれていた」が、ワタクシの胸の奥深くに刺さったのは、そのせいです。
ミアシャイマーとウォルトの本が2007年に出版されたとき、「こんなことを言っていいのか」と世界が騒いだ。
でも、ワタクシは今思います。
あの時にもっと多くの人が耳を傾けていたなら、今日の炎はもう少し小さかったかもしれない、と。
歴史を知ることは、次の戦争を止める唯一の手がかりです。
94年間生きてきた年寄りの、これが精いっぱいの言葉です。
参考にした情報
- ハンギョレ新聞(チョン・ウィギル記者):「トランプ巻き込んだネタニヤフの戦争論理…種は24年前に撒かれていた」
- ジョン・ミアシャイマーとスティーブン・ウォルト共著『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策 1・2』(講談社)
【最後の一句】
民の骨 積んで高まる 玉座かな
権力者の椅子は、戦場に散った名もなき民の骨の上にこそ高く積み上げられている。94年を生きた老婆の、静かな、しかし燃えるような告発です。
