「これは紛争の平和解決に向けた重要な一歩だ」——グテレス国連事務総長(2026年6月14日声明)
ようやく、止まった——その知らせを聞いた朝のこと
今朝、「しんぶん赤旗」を読みながら、しばらく画面の前でじっとしていました。
日本時間の2026年6月15日の朝、米国とイランの間で、戦闘を終わらせるための覚書に合意したという知らせが届いたのです。
仲介役はパキスタンのシャリフ首相。
署名式は6月19日、スイスのジュネーブで行われるとあります。
2月28日に始まった戦争から、107日。
ワタクシはその数字を、指で数えてみました。
一日、また一日——107回も夜が明けて、107回も朝が来て、その間ずっと、どこかで人が死に続けていた。
そう思うと、「合意」という言葉が、手放しで喜べるものではないことを、94年生きてきたワタクシは身体でわかっています。
でも、止まることは大切です。
まず、止まらなければ始まらない。
合意の内容——何が決まって、何がまだ決まっていないのか
今回の合意の骨格を整理しますと、パキスタンのシャリフ首相がSNSで発表した内容によれば、
「レバノンを含む全ての前線で軍事行動を即時かつ恒久的に停止する」
「ホルムズ海峡を開放する」「米海軍によるイランへの海上封鎖を即時解除する」
「段階的な制裁を緩和する」という枠組みです。
さらにイランは「核兵器を保有せず、開発・購入・調達もしない」と確約したとされます。
トランプ大統領は米東部時間14日の夕方、自身のSNSで
「ホルムズ海峡を通航料なしで開放することと、米海軍による封鎖を即時解除することを正式に承認する」と述べ、
「世界中の船よ、エンジンを始動せよ。石油を流通させよ」と投稿しました。
まあ、いかにもあの方らしい物言いではありますが、ワタクシ、言葉の中身よりも、
トランプ大統領がいかに「早く終わらせたかったか」が透けて見えて、少し複雑な気持ちになりました。
ただ、肝心なことがまだ何も決まっていません。
イランが保有している高濃縮ウランをどうするか、
これからの核開発をどこまで認めるか——これらはすべて「今後60日間の交渉」に先送りされています。
そして合意の全文も、署名後に公表するとされており、現時点ではまだ誰も読んでいない。
6月10日付の英国の経済紙フィナンシャル・タイムズが指摘しているように、
トランプ大統領はイランが実際にはまだ合意していない譲歩を、すでに語っているかのように見えるのです。
イランのガリバルディ外務次官は14日、「覚書に私たちの重要な立場をすべて盛り込んだ」と発言しました。
しかし同時に、「これまで何度も合意を覆してきた米国への強い不信」も表明しています。
ワタクシには、その「不信」という言葉が、とても正直な言葉に聞こえます。
信頼は、一夜では築けません。
そもそも、この戦争はなぜ始まったのか
2月28日、米国とイスラエルが突然イランへの軍事攻撃を開始しました。
昨年6月に続く攻撃で、しかも両方とも、イランの核計画について交渉が進んでいた最中の攻撃でした。
交渉のテーブルを蹴り飛ばして戦争を始めた——ワタクシにはそう見えました。
攻撃初日、イラン南部ミナブの小学校が爆撃され、168人の子どもと教師が命を落としました。
ワタクシ、この数字を読んだとき、手が止まりました。
168人。学校に集まっていた子どもたちです。
ワタクシが女学校で学徒動員に駆り出されていた頃、あの工場でもし爆弾が落ちていたら——と思わずにはいられませんでした。
さらに最高指導者ハメネイ師を、娘や孫とともに殺害したとも報じられています。
戦争は指導者を殺せば終わると思っているのでしょうか。
ワタクシには、そのような発想が根本から間違っていると思えてなりません。
この107日間でイランでは約3500人が亡くなったとされています(イラン保健省発表)。
さらに3月2日以降のイスラエルによるレバノンへの攻撃では、レバノンの死者が3783人に達しています(レバノン保健省、6月14日時点)。
合わせると7000人を超える命が失われた。
米国は当初、イランの指導者を暗殺し「体制を変える」などと主張していました。
しかし、思惑通りにはいかず、4月初め、トランプ大統領はSNSに「今夜、一つの文明が滅びるだろう」と投稿しました。
これは核兵器の使用を示唆したとも受け取られた投稿です。
ワタクシは、広島・長崎の記憶を持つ国に生きる者として、その言葉を読んで、体が凍りつく思いがしました。
ホルムズ海峡——世界の石油が通る、あの細い水路
ホルムズ海峡というのは、ペルシャ湾と外海をつなぐ幅わずか数十キロの水路です。
たとえて言うならば、世界の石油というものが通る「細い首」のような場所です。
ここを世界の石油輸出量のおよそ2割が通っています。
イランはこの海峡を封鎖することで、世界の石油の流れを止めました。
結果、原油価格が世界中で跳ね上がり、日本でもプラスチックや合成繊維の原料となるナフサという石油由来の素材が不足し、工業製品から日用品まで影響が出ました。
高市首相はこれを単なる流通上の「目詰まり」と表現しましたが、
現場の業者さんたちの苦境は、そんな言葉で済む話ではなかったはずです。
そして、今回の合意に「ホルムズ海峡の開放」が盛り込まれましたが、
これはつまり、戦争が始まる前の状態に戻るというだけのことです。
戦争さえなければ、封鎖も起きなかった。
7000人以上の命も、失われなかった。ワタクシはそう思わずにいられません。
日本の基地から、戦争に向かった船と兵士たち
ここで、ワタクシが最も胸を痛めていることをお話しします。日本のことです。
6月16日付「しんぶん赤旗」2面の記事によると、
戦争が始まる前の2月下旬、神奈川県横須賀市の横須賀基地に停泊していたイージス艦が、アラビア海へと向かいました。
続いて長崎県佐世保市の佐世保基地から強襲揚陸艦トリポリが、沖縄を拠点とする第31海兵遠征隊が、
岩国基地のF35Bステルス戦闘機が——日本各地の基地から米軍が次々と出撃していきました。
横須賀のイージス艦は「ミリアス」「ジョン・フィン」「ヒギンズ」「ラファエル・ペラルタ」という名前です。
少なくとも、そのうち2隻は、巡航ミサイル「トマホーク」でイランを直接攻撃したとされています。
米海軍協会のニュースによれば、6月8日時点で艦船7隻と海兵隊が中東に展開しているとのことです。
日米安全保障条約は「日本と極東の平和と安定に寄与するため」に米軍が日本に駐留することを定めています。
ところが今回、その基地から中東への大規模な戦争が行われた。
これは条約の目的とはまったく異なる使われ方ではないでしょうか。
イタリアやスペインなど欧州の同盟国は、「イランへの先制攻撃は国際法違反だ」と断じ、自国内の米軍基地の使用を拒否しました。
ところが日本政府は「法的評価を差し控える」として、一度も反対を表明しませんでした。
それどころか高市首相は3月19日の日米首脳会談で、「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけだ」と述べたと報じられています。
戦後、日本は独自の中東外交を展開し、イランとも良好な関係を保ってきました。
その積み重ねがあったにもかかわらず、今回の事態では何ら主導的な役割を果たしませんでした。
ワタクシが生きてきた80年の戦後史の中で、日本政府は米国の戦争に一度も反対したことがない、
改めてそのことが、今回も繰り返されたのだと、静かな怒りとともに感じています。
米国内でも、戦争への反発が広がっていた
米国内でも、この戦争への批判は大きくなっていきました。
ガソリン価格の高騰が家計を直撃し、トランプ大統領の支持率は歴史的な低水準に落ち込みました。
「海外で無謀な戦争はしない」と約束して当選したはずのトランプ氏に、岩盤支持層からも「裏切られた」という声が上がるようになりました。
米国では、戦争を始める宣戦布告の権限は議会にあります。
そしてベトナム戦争の反省を踏まえ、大統領が戦争を始めても議会の承認が60日以内に得られなければ、軍を撤退させなければならないという法律があります。
6月3日、米下院ではこの法律に基づき、議会承認のないイラン戦争の停止を求める決議案が、共和党議員の造反も加わって賛成多数で可決されました。
国民の粘り強い声が、議員たちを動かした結果です。
トランプ氏が「イランとの合意が近い」と発言した回数は、なんと38回にも及んだと米メディアは伝えています。
それほどまでに焦っていた、逆に言えば、それほど状況が追い詰められていたということでしょう。
「スエズ危機」の再来——帝国の衰退という歴史の繰り返し
米国のジャーナリスト、クリス・ヘッジズ氏(元ニューヨーク・タイムズ記者)は最近の動画番組で、
今回の米イラン戦争を、1956年の「スエズ危機」に似ていると論じました。
スエズ危機というのは、エジプトのナセル大統領がスエズ運河を国有化したことに反発した
英国・フランス・イスラエルが、エジプトに軍事侵攻した出来事です。
ワタクシは25歳でした。あの頃の記憶が、今も残っています。
英国とフランスは結局、米国に停戦を迫られて撤退し、大英帝国としての影響力を決定的に失う転機となりました。
今回は、その英国の位置に米国が立っているというわけです。
「力による平和」と称して軍事力に頼り続けた結果、同盟国からも距離を置かれ、
自国民からも支持を失い、世界での地位を自ら傷つけていく、
2026年6月10日付の英国の経済紙フィナンシャル・タイムズも同様の論評を掲載し、
トランプ氏をかつて外交的失敗で影響力を失ったカーター元大統領になぞらえました。
歴史は繰り返すのだと、ワタクシはつくづく思います。
それでも、まだ終わっていない——レバノン、そしてパレスチナ
合意が発表される直前の13日から14日にも、イスラエルはレバノン各地を攻撃しました。
13日にはレバノン南部の24の町村に強制避難命令が出され、少なくとも5人が死亡。
14日には首都ベイルートの南郊が空爆され、3人が亡くなりました。
イランは「停戦合意への重大な違反だ」と非難し、「越えてはならない一線だ。その侵害は容認しない」と警告しています。
イラン国会議長は「米国が約束を履行する意思も能力も欠いていることを示した」と述べ、
「交渉継続はできない」とまで言っています。
合意は署名されていないのに、早くも綻びが見え始めている、ワタクシはそれが心配でなりません。
そしてパレスチナのヨルダン川西岸では、国際人道支援団体オックスファムが6月10日に発表した分析があります。
2023年から2025年末までの3年間でイスラエル軍と入植者によって殺害されたパレスチナ人は1244人、うち268人が子どもでした。
これは、それ以前の17年間(2006年から2022年)の合計1036人・子ども225人を、わずか3年間で上回った数字です。
移動を制限する検問所や道路封鎖は、現在過去最多の925カ所に達しています。
今年最初の3か月だけで60以上の給水・衛生施設が破壊され、32の地域で水へのアクセスが失われました。
戦争は「どこかで終わった」としても、別の場所で続いているのです。
ワタクシは、ただ祈るしかないのでしょうか
ワタクシは昭和6年(1931年)生まれです。満州事変が起きた年です。
幼い頃から戦争の足音を聞きながら育ち、女学校では学徒動員で工場に通い、空襲の中を生き延びました。
終戦の日、あの不思議な静けさを、ワタクシは今でも覚えています。
だからこそ申し上げます。停戦は、始まりです。終わりではありません。
核の問題も、経済制裁の問題も、イスラエルとレバノンの問題も、パレスチナの問題も——何一つ解決していない。
これから60日間の交渉が、本当の意味でうまくいくかどうか、ワタクシには正直わかりません。
でも、止まることは大切です。19日のジュネーブでの署名式が、きちんと行われることを。
そして、国連のグテレス事務総長が言ったように、「国連憲章と国際法に基づく問題の最終的な解決」につながることを、
ワタクシは静かに、しかし強く、祈っています。
最後の一句
利権の手 血塗れのまま 握手する
ジュネーブの署名式場に、スーツ姿の男たちが並ぶ。その手が、7000人の命の重さを知っているだろうか、「血塗れのままの握手」と見る、ワタクシあかねの冷たい怒りをよみました。


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