一週間のプロローグ:熱風と濁流の中で感じたこと
94年という長い月日をこの国で生きてまいりましたワタクシにとって、2026年8月のこの空気は、いささか尋常ならざるものをはらんでいるように感じられてなりません。
窓を開ければ、肌を刺すような猛暑の熱風が吹き込み、かと思えば、不意に空が鉛色に染まり、激しい夕立というにはあまりに過酷な濁流が街を呑み込んでいく。
8月17日付の「きょうの潮流」が描いたように、かつて打ち水で涼を呼んだはずの夕立は、今や気候変動という怪物の力によって、人々の命を脅かす災害へと姿を変えてしまいました。
この不安定な空模様は、まるで現在の日本の政治状況を映し出している鏡のようでございます。
今週の「しんぶん赤旗」をめくっておりますと、私たちの暮らしがいかに危ういバランスの上に立たされているかが、行間から滲む痛みとともに伝わってまいります。
8月17日の紙面が伝えた千葉県の記録的豪雨は、一時間に百ミリを超えるという、この世の終わりのような雨量で1500棟もの家屋を浸水させ、尊い十の命を奪い去りました。
路上には1200台を超える車が放置され、人々の日常は一瞬にして寸断されたのです。
一方で、食の根幹に目を向ければ、同じ日の紙面には「令和の米騒動」から一転して「米余り」に苦しむ農家の悲鳴が溢れておりました。
成田市の葛生さんや、茨城県の長峰さんのような、真摯に土と向き合う方々が、米価の下落と資材の高騰という板挟みに遭い、
「家族の報酬を削るしかない」と肩を落とす姿に、ワタクシは胸が締め付けられる思いがいたしました。
こうした混乱の底流にあるのは、国民の命や生業を二の次にする、高市政権の冷徹な政治姿勢ではないでしょうか。
今週の赤旗が報じたニュースの一つひとつを繋ぎ合わせていくと、そこには強権的な政権運営と、それに対峙し、凛として立つ市民の姿が鮮明に浮かび上がってまいります。
政治の混迷は、まるで予測できない夕立のようですが、その正体を見極める目が今こそ必要なのです。
ワタクシと一緒に、この一週間の核心を、未来への希望を込めて読み解いてまいりましょう。
核心への問い1:高市政権の半年――暮らしの破壊と、国会前に響く意志の咆哮
権力というものは、時に持ち主を盲目にさせ、私物化という甘い罠へと誘うもののようでございます。
ワタクシが94年の人生で見てきた、かつての軍国主義への歩みも、始まりはこうした小さな権力の傲慢からでございました。
8月19日の紙面を読み、ワタクシは強い憤りとともに、深い危機感を抱きました。
高市政権が発足してからの8か月半、内閣官房機密費が毎月一億円という、途方もないペースで支出され、その総額が8億5500万円に達しているという実態でございます。
この「機密費」という名の魔法の財布は、領収書も不要、使途も闇の中。国民が額に汗して納めた税金が、まるで政権の延命や党利党略のために、金庫から金庫へと移し替えられている。
8月19日の調査によれば、支出の多くが月の第一月曜日に定期的に行われているといいます。
これが「機動的な使用」などと言えるでしょうか。
農家の皆さんが米一俵の価格に一喜一憂し、離島ではネギ一束が480円(8月17日三面)という物価高に喘いでいる傍らで、
一億円という現金を定期的に動かすその感覚は、もはや私たちの日常とは別の世界のものと言わざるを得ません。
さらに、この暴走を支えているのが、日本維新の会との連立という「数の力」でございます。
19日の連載記事が指摘するように、法政大学の白鳥教授はこれを「51.1パーセントの政治」と喝破されました。
高市首相は、残りの49.9パーセントの反対など存在しないかのように振る舞っております。
自衛隊の階級名を「大将」や「大佐」に戻そうという(8月18日二面)、戦前への先祖返りにも似た企てや、武器輸出で国を富ませようという「死の商人」への道。
そして、2026年度予算で5973億円にものぼる軍事国債の発行や、政府が兵器工場を買い取り運営を民間に任せる「国有施設民間操業(GOCO)」の検討。
熟議を重んじるはずの民主主義の庭は、いまや維新というアクセル役を得た権力者によって、無残に踏み荒らされています。
しかし、希望は消えておりません。
19日行動に集まった1万5000人の咆哮、そして全国280カ所以上で掲げられた鮮やかなプラカードの波。
その色は、決して権力に染まらない、一人ひとりの意志の輝きでございました。
たとえ数が少なくとも、真実を語る声は消せません。
怒りの声は、決して消えることのない伏流水のように、地下で深くつながっているのです。
その流れは、やがて「ちゅら海」美しき海の楽園、沖縄へと続きます。
核心への問い2:沖縄の誇りと「ちゅら海」の未来――基地なき経済こそが真の豊かさ
沖縄の青い海を眺めるたび、ワタクシは「命どぅ宝(ぬちどぅたから)」という言葉の重みを噛みしめます。
今の日本において、この沖縄の精神こそが、理不尽な強権政治に抗うための、もっとも尊い希望の灯火ではないでしょうか。
8月17日の紙面が伝えた玉城デニー知事の伊江島での県政報告、その温かな筆致にワタクシは深く感銘を受けました。
母の故郷で「誰ひとり取り残さない」と語る知事の言葉には、政治が本来持つべき慈しみと、未来への責任が宿っておりました。
制度の狭間で苦しむ人々を支える「おきなわゆいまーる基金」の創設(17日三面)は、まさにその姿勢の現れでございます。
政府は「辺野古が唯一の解決策だ」という呪文のような嘘を繰り返しておりますが、8月18日のトップ記事が報じた数字は、その欺瞞を木っ端微塵に打ち砕くものでした。
基地が返還されたあとの経済効果は、なんと返還前の35倍、年1兆1900億円にものぼるという推計でございます。
基地があるから経済が回るのではなく、基地があるからこそ沖縄の本来の可能性が封じ込められていた。
この事実は、単なる統計上の数字ではなく、沖縄が基地の重圧から解放されたときに、どれほど大輪の花を咲かせるかという、視覚的な希望そのものでございます。
さらに、宜野湾市で小池晃書記局長が訴えた「ちゅら水(きれいな水)」を守る闘いは(17日一面)、まさに次世代への責任を問うものでした。
PFASによる汚染は、私たちの体を作り、命を繋ぐ水を蝕んでいます。
それを放置したまま「辺野古が唯一」と強弁し、那覇空港の軍事化(17日社会面)を進める政府の姿勢には、沖縄の人々の命への敬意が欠片も感じられません。
普天間基地は、そもそも国際法に違反して住民の土地を奪って作られたものです。
「荷物をまとめて出ていってくれ」と言うのが、独立国としての筋道ではありませんか。
沖縄で吹く風は、本土に住むワタクシたちの頬にも、自由の香りを運んでくれるようです。
沖縄の闘いは、決して一地方の問題ではなく、法治主義と民主主義を守り抜くための、日本全体の試金石でございます。
そして、この正義を求める眼差しは、今や海を超えて、世界の潮流とも合流し始めております。
核心への問い3:海を越える連帯・私益の政治を正し、国際法が支配する世界へ
ワタクシが歩んできた94年の人生は、悲惨な戦火から始まり、人々が知恵を絞って築き上げてきた国際秩序の歩みと重なります。
しかし、今、世界は再び「私益」という暗雲に覆われようとしております。
8月17日の国際面を読み、大国の身勝手さが世界に落とす影の冷たさに、ワタクシは背筋が寒くなる思いがいたしました。
米国の世論調査が示すように、自国の指導者が公的な利益ではなく「私益」で意思決定をしているという不信感は、世界を不安定な場所へと変えています。
とりわけ、国際刑事裁判所(ICC)の赤根所長らに対し、米国が制裁を科したというニュース(17日三面)には、心底震えるような憤りを感じました。
ワタクシと同じ名を持つ「赤根」所長が、国際法の番人として毅然と立ち向かっている姿は、まるでワタクシ自身の分身が世界の正義のために戦っているような誇らしさを感じさせます。
それと同時に、その尊い職務を力でねじ伏せようとする権力の醜悪さには、言葉もございません。
これは国際法の否定であり、戦争犯罪を放置する暗黒の世界への逆戻りでございます。
しかし、絶望の淵にあっても、希望の光は市民の手によって灯されています。
米国の中間選挙予備選(17日国際面)では、進歩派のペギー・フラナガン氏やアブドゥル・エルサイード氏が、主流派を退けて勝利を収めました。
これは、ガザの侵略や暴力的な移民摘発に抗議する市民運動が結実した、具体的な勝利でございます。
また、ニューヨーク市立大学のバティア・イェロスさんが語った「皆が自由になるまで、誰も自由ではない」という言葉。
それは、国境を越え、世代を超えて、ワタクシたちの胸に響きます。
静かな勇気は、ここ日本でも育まれています。
17日の紙面が伝えた「清水平和資料館」の開館。
理事長の小畑雪江さんは、戦時中に一歳の妹を餓死で亡くした痛みを抱えながら「平和の種を育てたい」と語られました。
93歳の空襲体験者もまた、若者とともに壇上に立たれました。
ワタクシの同世代の同志たちが、こうして記憶のバトンを渡している姿に、胸が熱くなります。
遠い国の出来事も、地元の資料館の語りも、決して他人事ではございません。
それは巡り巡って、ワタクシたちの明日を決める一票、そして私たち自身の自由を危うくすることに他ならないのです。
あかねの休息:デジタルで広がる「しんぶん赤旗」の世界・真実への課金
さて、少し肩の力を抜いて、ワタクシの日々の愉しみについてお話しいたしましょう。
94歳という齢になりますと、重い新聞を広げるのも一苦労かと思われがちですが、ワタクシには強い味方がございます。
それが「しんぶん赤旗電子版」でございます。
毎朝、温かいお茶を一口すすり、パソコンを開く。
そこには、世界中の真実が、まるで深い地下水脈から汲み上げられたばかりの清らかな水のように並んでおります。
この電子版の何が素晴らしいかと申しますと、まずは文字の拡大機能でございます。
ワタクシのように、少しばかり目が霞むようになった者にとって、自由自在に文字を大きくできることは、この上ない喜びでございます。
さらに、気になった記事をPDFで保存したり、過去一年分の記事をさっと検索できる機能。
これは、かつてスクラップブックに糊で記事を貼っていた時代から考えれば、魔法のような進歩でございます。
老齢の知恵として申し上げれば、「調べもの」の効率が格段に上がり、思考が若々しく保たれる気がいたします。
ワタクシが赤旗を愛してやまないもう一つの理由は、芸能やスポーツの面にございます。
ここには、SNSの断片的な情報のような、薄っぺらなゴシップはございません。
たとえば17日のスポーツ面、有明高校の斉藤投手と東日本国際大昌平の照沼投手の握手。
そこには「その人の生き方」への深い敬意が溢れています。
こうした魂の軌跡を辿ることは、良質な一編の短編小説を読んでいるかのような、豊かな読後感を与えてくれるのです。
しかし、この貴重な報道を守る基盤がいま、危機に瀕していると聞きます。
しんぶん赤旗を守ることは、単に一つの新聞を支えることではございません。
それは、権力を監視し、市民の側に立って真実を語る「言葉」そのものを守ること。
すなわち「民主主義への課金」に他ならないのでございます。
若い方々が情報の波に溺れそうになっている今こそ、この確かな羅針盤を共有したい。
もし、まだ迷っていらっしゃる方がおられましたら、三週間の無料お試しという扉を、そっと叩いてみてはいかがでしょうか。
新しい世界、そして忘れていた真実に出会えることを、ワタクシの体験から申し上げます。
結びに代えて:最後の一句
激動の一週間を振り返りますと、濁流に洗われる大地と、それでも土を耕し続ける人々の手が交互に目に浮かびます。
政治が冷たく、風が強く吹くときこそ、ワタクシたちは背筋を伸ばし、お互いの手を取り合わねばなりません。
ワタクシの記憶が教えてくれるのは、いかなる闇も、朝を告げる人々の意志を止めることはできないということでございます。
孫やその先の世代に、この青い海と空、そして自由な言葉を繋いでいくこと。
それが、ワタクシに残された最後の大仕事だと心得ております。
夕立も 意志の咆哮 消せはせぬ
激しい雨が去ったあとの、あの瑞々しい空気を信じて、ワタクシはまた明日の新聞を広げるのでございます。
虹は、いつだって土砂降りの後にしか現れないものですから、今の苦しみもまた、美しい未来への前奏曲だと信じたいものですわね。



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