こんにちは
今週も「しんぶん赤旗」の電子版を毎朝パソコンで読みながら、あかね94才の独り言を綴っています。
葬儀業者と自衛隊が協定を結んでいた
6月1日の1面に、ワタクシの胸をぎゅっとつかむような記事が載っていました。
タイトルは「戦争国家の実相 ”戦死対応” 全国動員」。
陸上自衛隊と全日本葬祭業協同組合連合会が協力協定を結んでいたというのです。
これはどういうことかといいますと、お棺を用意し、遺体を安置し、傷んだ体を修復し、エンバーミングという遺体衛生保全まで担うという取り決めです。
つまり、多数の戦死者が出ることをはっきりと想定した準備が、もう静かに、音もなく、全国に広がっているということです。
まるで春の田んぼに張り巡らされた用水路のように、中央から地方へ、一本一本と細かく協定の網が伸びているのです。
昨年6月には陸自東北方面隊が東北ブロックの葬祭業者と協定を締結したと記事は伝えています。
東日本大震災の時に、宮城県の葬祭業者が棺を1万基自力で用意し、葬儀会館を遺体安置所として開放した。
その経験と技術が、今度は戦争に動員されようとしているのです。
94年生きたワタクシには、終戦直後のあの記憶があります。
遺骨が白い布に包まれて次々と帰ってきた。母親たちが泣いていた。
そのにおいまで覚えています。あの色は、灰色というよりも、もっと重くて暗い、鉛のような色でした。
その色が、またこの国に戻ってこようとしているのではないかと思うと、胸が締め付けられるのです。
さらに同日の社会面では「陸自戦死対応 黒塗り」というタイトルで続報が載りました。
赤旗として防衛省に情報公開請求したところ、戦没者の取り扱いに関するマニュアルはほとんどが黒く塗りつぶされて返ってきたというのです。
政府は戦死者が出ることを想定しながら、その事実を国民に見せようとしていない。
今年度だけで戦傷者治療関連と輸血用血液確保のために約1000億円が計上されているのに、その目的は隠されたままです。
透明なはずの政治が、真っ黒な壁で覆われていく。これほど不安なことがあるでしょうか。
若者たちが銀座を歩いた 「9条守れ」の声
同じく6月1日の1面には、温かい記事もありました。
「若者憲法集会2026デモ」が東京・銀座で行われ、北海道から沖縄まで全国から2500人が集まったというのです。
サウンドカーからラップが流れ、「9条守れ」「日本を戦争国家にするな」とコールしながら行進した。
行列は進むほどに大きく膨らんでいったといいます。
福島県から来た25才の女性は「憲法を真ん中に据えて、誰もが生きやすい社会にしてほしい」と語り、
宇都宮から来た27才の男性は「9条は自衛隊のホルムズ海峡派兵の歯止めになった」と話しました。
ワタクシが若い頃、街頭に出て声を上げるというのは、相当な覚悟が必要でした。
でも今の若者たちは、ラップに合わせて、ペンライトを手に、自作のプラカードを持って出てきている。
名探偵コナンのイラストを描いてきた人も、ビジュアル系音楽の好きな人も、初めてデモに参加しましたという人もいた。
6月1日の3面には国会前の緊急アクションに参加した人たちの声が丁寧に紹介されていて、読んでいてワタクシは目が熱くなりました。
葬祭関係で働く20代の女性が「全葬連と自衛隊が協定を結んで戦争の準備が身近で進んでいると危機感を持った。無念のご遺体を見たくない」と語っていました。
こんな言葉を20代の若者が言わなければならない時代になったのです。
全国150カ所以上で「せんそうさせない」アクション
5月29日の夜、市民団体「WE WANT OUR FUTURE」の呼びかけで国会前に1万人が集まりました。
5月31日の1面に詳報が出ています。のべ3万人がオンラインで視聴し、全国150カ所以上で連帯行動が行われたといいます。
名古屋のJR名古屋駅前でも150人が参加したと書いてありました。
ワタクシの暮らす名古屋でも、静かに、でも確かに、声が上がっていたのです。
「私は誰も戦争で殺したくありません。誰からも殺されたくありません。だから私はここに来ています」。
国会前のスピーチでそう語った若い女性の言葉が、心に刺さりました。これ以上シンプルで、これ以上正直な言葉があるでしょうか。
全国革新懇総会と「確かな共同」
5月30日の1面には、「平和・民主・革新の日本をめざす全国の会」の第45回総会が東京で開かれたという記事がありました。
日本共産党の田村智子委員長が特別報告を行い、「戦争はいやだ」を入り口に、アメリカ言いなりの政治に対決する共同を広げようと呼びかけました。
5月31日の3面には、田村委員長と社民党の福島みずほ党首、憲法学者の清水雅彦教授の鼎談の詳報も載りました。
韓国では100万人規模のデモが起きていると清水氏は述べ、日本でも「もっと増やさなければならない」と語っています。
愛知の参加者が「街頭で市民に、ハンドマイクをお貸しするのでモヤモヤを話してくださいと呼びかけて対話している」と報告した場面が印象的でした。
モヤモヤを言葉にできる場所、そこから共同が始まるのかもしれません。
国家情報会議設置法が成立 監視社会への扉が開いた
5月27日から28日にかけての1面と2面には、重苦しいニュースが続きます。
「国家情報会議」設置法が参院本会議で成立したのです。
政府のスパイ活動の司令塔として国家情報局を設置し、各省庁が集めた個人情報を首相官邸に集約するというものです。
ワタクシが戦前に経験したことを思い出します。
「誰かが見ているかもしれない」という感覚が、人々の口を閉じさせていった。
隣近所が互いを監視していた時代です。
あの薄暗い空気が、この法律の向こうに見える気がしてなりません。
日本共産党の大門実紀史議員は国会で
「各情報機関が反省もなく市民監視を続けるもとで、さらなる人権侵害を拡大する」
と強く反対しましたが、成立を止めることはできませんでした。
民主的な第三者によるチェック機関もないまま、政府の情報活動だけが拡大していくというのは、まさに戦前の治安維持法の仕組みと同じ匂いがします。
ガザでは祝祭の4日間に24人が死亡 世界の戦争を見つめる
国際面では、胸が痛む記事が続きました。
6月1日付の記事によれば、イスラム教の重要な祝祭「犠牲祭」の4日間にも、イスラエル軍はガザへの攻撃を止めませんでした。
子どもを含む24人が命を落とし、病院では遺体の判別が困難なほど損傷していたといいます。
また5月30日付では、ネタニヤフ首相がガザの7割を支配下に置くよう軍に指示したと伝えています。
レバノン南部でも攻撃が続き、避難民の乗った車が攻撃を受け子どもが命を落としました。
ワタクシには、この事実をどう言葉にすればよいかわかりません。
ただ、目を逸らしてはいけないと思うのです。
一方で、5月31日の国際面には東ティモールのラモスホルタ大統領がアジア安全保障会議でこう語ったという記事がありました。
「対話と協力こそが争いから私たちを守り、共通の利益をつくり出す方法だ」。
東ティモールは独立後にインドネシアに侵攻され、10万人以上の犠牲者を出した国です。
その大統領の言葉には、理屈ではない重みがあります。
韓国の国防相も同会議で「戦う必要のない平和が最も確実な安全保障だ」と述べ、
南北の対話による平和共存を訴えました。武力ではなく対話。
これは理想論ではなく、歴史が証明している事実だとワタクシは思います。
ホルムズ海峡封鎖が食卓を直撃する
5月30日の経済ウオッチには、食料危機への警告が載っていました。
ホルムズ海峡が事実上封鎖されたことで、世界の農業用肥料の約3分の1が市場に出回らなくなっているというのです。
わかりやすく言いますと、百円ショップで買っていたものが急に値段が倍になるようなことが、
世界中の食料で起きようとしているということです。
特にアフリカやアジアの貧しい国々では、この打撃が飢餓に直結します。
遠い中東の戦争が、日本の台所にも、世界の食卓にも、じわじわと影を落としているのです。
5月29日の記事でも、政府の原油危機対応への批判が書かれていました。
「全体として足りている」という説明では現場の不安は消えない。
透明な情報公開と、具体的な数字で示す対策こそが必要だと、経済ジャーナリストの金子豊弘氏が指摘しています。
高市首相の「ネガキャン動画疑惑」と民主主義の根
5月27日から30日にかけて連続して掲載されていたのが、高市早苗首相の「ネガキャン動画疑惑」についての記事です。
週刊文春の報道によれば、首相の公設第1秘書が対立候補を中傷する動画の作成を依頼し、SNSで拡散していたというのです。
「ないものはない」と語気を強めて否定した首相ですが、5月28日号の週刊文春では67通の証拠メールが公開されたといいます。
「捏造だ」と言えないのであれば、自らの言葉で説明すべきだと記事は迫っています。
選挙を歪めることは、民主主義そのものを壊すことです。
94年生きてきたワタクシが、民主主義がどれほど大切なものかを身をもって知っています。
戦前にはそれがなかった。だから多くの人が命を落とした。
NPT再検討会議 核兵器廃絶への道
5月27日と28日の記事には、核不拡散条約の再検討会議が成果文書を採択できずに閉幕したことが伝えられています。
7割を超える国が核保有国に廃絶への行動を求めたにもかかわらず、米国・ロシア・フランスなどが骨抜きを図り、合意が崩れたのです。
日本は唯一の戦争被爆国でありながら、一般討論で第6条の核軍縮義務にまったく触れなかったといいます。
高市首相は参院での質問に対し、核兵器国の責任にすら言及できませんでした。
ヒロシマとナガサキを経験したこの国が、なぜ核廃絶を訴える立場に立てないのか。ワタクシには、悲しい謎です。
「しんぶん赤旗」電子版一週間の紙面を読んで
最後に、ワタクシからのご案内をさせてください。
ワタクシは毎朝パソコンで赤旗の電子版を読んでいます。
文字を大きくして読めるので、94才のワタクシには大変助かっています。
紙面がそのまま画面で見られますし、文字だけのテキストデータでも読めます。
スマホの方にはテキスト版が読みやすいかもしれません。
過去3ヶ月分が読め、検索機能を使えば過去1年分まで調べられます。
昔は新聞の切り抜きをスクラップブックに貼り付けていましたが、今は検索一つで何でも調べられる。
便利な時代になったものです。
それに、芸能やスポーツの記事も、勝ち負けやスキャンダルをあおるのではなく、
その人の生き方や思いをきちんと見つめて書いてある。
そこが、ワタクシが長年読み続けてきた理由の一つです。
一週間の紙面を読んで、ワタクシがずっと感じていることがあります。
94年前、ワタクシが生まれた年に満州事変が起きました。
あの頃も、戦争の準備は静かに、誰にも気づかれないうちに進んでいた。
葬儀業者との協定、国民監視の法律、核廃絶への背信、ガザの子どもたちの命。
これらはバラバラな出来事ではなく、一本の細い糸でつながっています。
でも同時に、銀座を歩く2500人の若者たち、名古屋駅前に立つ150人の市民たち、
国会前で「戦争はしてはいけない」と叫ぶ声も、確かにこの国にあります。
その声が、ワタクシには春の緑のように見えます。
まだ細いけれど、踏みにじられても踏みにじられても、また伸びてくる、あの緑です。
もう少し長生きして、この目で見届けたいのです。
<最後の一句>
若葉風 君が叫べば また生きる
若者たちの「戦争反対」の声を春の若葉風に重ね、その声がワタクシをもう少し生かしてくれると詠みました。


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