2026年(令和8年)の夏も、もう盛りを過ぎたのでしょうか。
ワタクシの部屋の窓からは、蝉の声がまだ聞こえてきますけれど、今年ばかりは、その声がどこか弔いの鐘のように響いて聞こえるのです。
永田町という土地には、かつて「保守本流」と呼ばれた大きな木がたくさん立っていたのだと、ワタクシは記憶しております。
ところが、その大樹は次々と枯れ落ち、今では根元に、「抑止力」だとか
「経済安全保障」だとか、勇ましい言葉ばかりを養分にする、浅い雑草だけが生い茂っている。
そんな寂しい景色が、この夏の永田町に広がっているようでございます。
今回は『週刊現代』2026年(令和8年)8月17日号で面白い記事をみつけたのでご紹介します。
あの自民党の重鎮、亀井静香氏と古賀誠氏の対談です。
高市氏を猛烈批判してるんです。
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沈黙を破った二人の老兵――亀井静香と古賀誠
そんな中、この夏に沈黙を破った御方が、お二人いらっしゃいます。
亀井静香さん、89歳。古賀誠さん、86歳。
かつて自民党と公明党の連立を生み出した張本人であり、時には「毒」も「泥」も自ら飲み干して、
政権という重い建物の骨組みを支えてこられた、まさに怪物のような政治家たちでございます。
『週刊現代』2026年(令和8年)8月17日号に掲載された対談で、お二人が語り合う姿を、ワタクシは食い入るように読みました。
お体の衰えは隠しようもないのでしょうけれど、その言葉から放たれる眼光だけは、今なお鋭く、若い者を射抜くようでございました。
そこで語られた言葉は、単に「今の政権が気に入らない」という愚痴などではございません。
ご自分たちが心血を注いで組み立ててこられた「自民党」という装置が、
内側からすっかり空っぽになって、魂を失っていくことへの、身を切るような叫びだったのです。
「今の政治家は、理屈の塊だ」――皮膚に刻まれた戦争の記憶
「今の政治家は、ハッキリ言って、理屈の塊だ」
古賀さんの声は掠れておられたそうですが、その言葉には確かに血が通っておりました。
古賀さんの脳裏には、今も焼き付いている光景があるのだそうです。
1945年(昭和20年)8月6日、広島の空を覆った、あの巨大なきのこ雲。
国民学校3年生でいらした古賀少年は、高台の校庭から、あの閃光と爆音を、その目と耳で受け止められた。
「我々の世代は、あの戦争というものを肌の感覚として知っている」これは理屈ではないのですね。
理論で組み立てられた反対論ではなく、皮膚が拒絶する、もっと根源的な「イヤだ」という感覚なのでございます。
一方の亀井さんもまた、かつて警察官僚として、そして政治家として、生と死の境目、
「血の匂い」というものを知り尽くしてこられた現実主義者(リアリスト)でいらっしゃいます。
お二人は「平和」という言葉を、決して左翼だけの専売特許だとは考えておられません。
むしろ、アジアの国々が抱く恨みと、日本が払ってきた犠牲の上に、
かろうじて綱渡りのように成り立ってきた均衡なのだと、その重みを理解していらっしゃる。
だからこそ古賀さんは、憲法9条を「世界の宝」と呼び、安易な改正には頑として首を縦に振らない。
そして亀井さんは、高市政権が進めようとしている武器輸出の規制緩和について、
「金儲けのために戦争を助長する、道徳の崩壊だ」と、はっきり斬って捨てておられます。
他国の人間を殺すための道具を売ってお金を稼ぐということは、日本という国が背負ってきた「品格」を、
自分の手で泥の中に投げ捨てる行為に他ならない、お二人はそうお考えなのでしょう。
「高市はおかしくなっちゃったな」――愛弟子への痛烈な言葉
対談のなかでこんなことをおっしゃっていました。
「高市は馬鹿じゃけえ」「高市はおかしくなっちゃったな」
これは、かつての愛弟子や後輩に向けられる言葉としては、あまりにも痛烈でございます。
けれども、この言葉の裏側には、今の自民党の中に、体を張って暴走にブレーキをかける人間が、
ただの一人もいなくなってしまったことへの、深い深い絶望が横たわっているように、ワタクシには思えてなりません。
亀井さんは嘆いておられます。
小選挙区制という劇薬が、党内をすっかり「イエスマン」の群れに変えてしまったのだと。
志位和夫さんの方が「まとも」に見えてしまう、なんとも皮肉な話
憲法を守るという姿勢において、あろうことか、日本共産党の志位和夫さんの方が「まとも」に見えてしまう。
そんな皮肉なお話も、対談の中で語られておりました。
『週刊現代』からの一場面をご紹介いたしましょう。
かつて亀井さんは、志位さんに向かって、こう詰め寄られたのだそうです。
「お前らは憲法を守ると言いながら、天皇陛下がお見えになる国会の開会式に出てこないのは矛盾しているだろう」と。
すると、後日、志位さんから電話がかかってきて、「これから開会式に出ます」とおっしゃった。
それから共産党も、開会式に出席するようになったのだとか。
笑い話のような逸話ですけれども、ワタクシには、これがなんとも寂しく聞こえます。
もはや、保守という伝統は、自民党の中にさえ、ちゃんとした形では残っていないのかもしれません。
総理大臣が背負うべき「三つの責任」
お二人の重鎮が定義される、総理大臣の三つの責任というものがございます。
一つ、日本国民への責任。
一つ、世界の指導者としての責任。
そして一つ、次の世代への責任。
武器を輸出して稼いだお金で抑止力を高めていくという今の政権の選択は、
次の世代に「死の商人」としての呪いを、そのまま引き継がせることになりはしないか、
お二人は、そんな重い問いを、今の永田町に向けて突きつけていらっしゃるのでございます。
亡き野中広務さんの影・靖国をめぐる悔恨
そして対談の空気は、ある一人の政治家の面影に、すっかり覆われてまいります。
2018年(平成30年)にお亡くなりになった、野中広務さん。
亀井さんと古賀さんにとっては、時には不倶戴天の敵であり、時には最も信頼できる戦友でもあった御方だそうでございます。
野中さんが今も生きていらしたら、この暴走を、どうやって止められただろうか。
以前読んだ『老兵は死なず 野中広務全回顧録 文春文庫 野中広務/著 文芸春秋』という本を思い出しました。
野中さんは、靖国参拝が外交の棘となることを深く憂い、
「靖国を無宗教の『靖国廟』にするような考え方があっていい」と、
日本会議などからの猛烈な反発を承知の上で、あえて泥をかぶろうとされた御方でした。
政治とは、理屈を並べ立てることではない。対立する感情の板挟みになって、
身を引き裂かれながらも、それでも出口を見出していくことなのだと、
その背中で語っていらしたのでしょう。
もし今、この永田町に野中さんの怒声が響き渡るとしたら、
それは京都訛りの、凄みを帯びた老兵の諫言となったに違いございません。
「君たちは、アジアの人々を軍靴で踏みにじった過去の痛みを、本当に知っているのか。
1999年(平成11年)、私(野中広務)は、国旗国歌法の成立を主導したが、その裏でどれほど血を吐く思いをしたか。
広島の校長先生が、国旗掲揚をめぐって命を絶たれた、あの悲劇を、私は一生忘れることができない。
国を傷つけた者を許し、国旗を傷つけた者を許さないような法律を作ってしまったことへの悔恨を、
君たちは嘲笑うのか。今の強権的な国家主義は、歴史への畏れを欠いた、ただの傲慢に過ぎない」
野中さんがかつて抱かれた違和感、「国旗よりも、人間を大切にすべきではないか」という問いかけは、
2026年(令和8年)の今、あの頃よりもずっと切実な響きを持って、ワタクシたちの前に蘇ってまいります。
枯れゆく大樹の、最期の慟哭
亀井さんと古賀さんが鳴らすこの警鐘を、
「まあ、お年を召した方々の世迷い言だろう」と片付けてしまうのは、たやすいことでございます。
けれども、お二人が本当に守ろうとしていらっしゃるのは、戦後の日本が歩んできた、
痛みと反省に基づいた「感性」そのものなのだと、ワタクシは思うのです。
過去の惨禍を、皮膚の記憶として抱え続け、それを未来の平和へと繋いでいく
想像力こそが、本来の保守というものの根っこにあったはずでございます。
今の自民党は、目に見える国旗や軍事力といった象徴ばかりを飾り立てて、
その内側に本来あるべき「平和への祈り」を、どこかへ捨て去ろうとしているように見えます。
国旗ばかりを尊んで、国民の暮らしや命を軽んじる国家に、一体どのような未来が待っているというのでしょうか。
2026年(令和8年)の夏、永田町。
老いた重鎮たちの言葉は、タカ派路線の熱狂に、ひやりと冷たい水を浴びせるものでした。
高市氏率いる今の自民党は、保守でもなんでもございません。
ワタクシあかねは、右でも、左でも、上でも下でもございません。
上か下かと言われれば、下の方かと思いますが、
『週刊現代』2026年(令和8年)8月17日号の亀井静香氏と古賀誠氏の対談を目にして、考えたことをご紹介いたしました。

そしてそれは、ワタクシたちが忘れかけていた「保守の本流」という名の良心を、
もう一度呼び覚まそうとする声でもあったのでしょう。
自民党を引っ張ってきた亀井静香氏と古賀誠氏が、それを今、いうのね!というところもありますが、
それは、枯れていく大樹が、最期に振り絞った慟哭のようにも、ワタクシには聞こえてなりません。
最後の一句
「蝉時雨(せみしぐれ) 老兵の声 澄みて秋」
蝉の声が降り注ぐ盛夏の永田町に、老いてなお澄み切った警鐘の声が響く。季節の変わり目と、時代の変わり目を重ねました。


あかねの読んだ野中広務氏の本





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