ワタクシは、昭和6年(1931年)横浜で生まれ、戦争というものを、教科書の中の出来事ではなく、この目とこの耳とこの腹の底で覚えている人間のひとりです。
ですから沖縄という土地の名前を聞くたびに、胸のどこかがきゅっと締まるのです。
ワタクシ自身は沖縄の生まれではありませんが、あの島が背負ってきたものの重さだけは、同じ時代を生きた者として、痛いほどわかるつもりでおります。
今、その沖縄で知事選挙が行われています。今度の日曜日が投票日です。
現職の玉城デニーさんに対して、ずいぶん厳しい言葉が飛び交っております。
ワタクシの前回の動画に対しても、考えの違う批判コメントが多数投稿されておりました。
批判意見も議論のできる、まともな論点が示されているものであればそのままにしておりますが、
人格否定や攻撃的なコメントは、どこぞの組織が行っている誹謗中傷部隊のコメントですので、「チームあかね」が、即、ID削除して管理しております。
コメントの中で、いくつかの論点を整理して検証してみたいと思います。
代表的なご意見をピックアップしましたが、現職の玉城デニー氏に対する批判としてSNS等で拡散されている言説と整合する内容を含んでいます。
事実と異なる部分、文脈を欠いた表現、および意見と事実が混在しています。
こういった情報が大量に拡散され、心ある沖縄の人々に浸透しているのも事実です。
「知事が基地移設に反対し続けたせいで、その命が奪われた」「四つの命」という重い言葉——その真偽を確かめて
「普天間の基地移設に反対し続けた八年間で、尊い四人の命が奪われた」という文章が届きました。
読んだ瞬間、目の前が暗くなるような気がいたしました。
もしそれが本当なら、政治というものの罪は途方もなく重い。
けれど、こういう時こそ慌てて涙を流す前に、ワタクシは一度立ち止まって確かめることにしております。
調べてみますと、玉城さんの二期八年(2018年(平成30年)から2026年(令和8年)まで)の間に、
米軍がらみの事故で県民の方が亡くなった出来事自体はございました。
これは動かしがたい事実です。
しかし「知事が基地移設に反対し続けたせいで、その命が奪われた」という因果関係については、
公式な記録にも報道の検証にも、それを裏付けるものは見当たりませんでした。
戦争で理不尽に奪われた命と、事故で奪われた命を並べて語ること自体、亡くなった方々への敬意を欠くことになりかねません。
悲しみを政治の道具にしてはならない、とワタクシは思うのです。
事実は事実として悼み、因果関係のない話を無理やり結びつけて誰かを断罪することは、また別の暴力だとワタクシは考えます。
「デニーさんは現場も見ず、中国に物も言わない」という批判・尖閣の海を思う
尖閣諸島の周辺で、中国の公船が日本の漁船を脅かすような出来事が続いていることも、ワタクシの耳に届いております。
「尖閣の漁業の平和は守ってもらっておりませんよ。デニーさんは現場を見ようとも中国に意見を申すこともしてませんよ」
という批判がありましたが、これは半分正しく、半分は言い過ぎのように見受けられます。
事実関係は、玉城デニー氏は尖閣諸島周辺での中国海警局による日本漁船への威圧行為について、
「漁業者の安全確保」を理由に発言していますが、中国政府に対して直接抗議した記録はありません。
尖閣問題については「国と国との対話によって平和的に解決してほしい」と述べており、県としての直接的な外交行動は取っていません。
つまり、中国への直接抗議は行っていませんが、「現場を見ようともしていない」という表現は誇張です。
つまり、県知事という立場でできることの限界の中で、静かに声を上げてきたということでしょう。
これを「何もしていない」と切り捨てるのは、いささか酷なようにワタクシには思われます。

数字が語る八年間・辺野古と、置き去りにされた懐具合
「一人も取り残さない政治ではないですよね」という批判コメント。
玉城デニーさんは「誰ひとり取り残さない」を公約に掲げており、観光収入の過去最高(1兆円超)、県税収入の増加、遠隔医療や再生可能エネルギーの推進などを実績として挙げています。
意見としては、政策の成果に対する評価は分かれるため、「一人も取り残さない政治ではないですよね」というのは、事実誤認ではありませんが、批判的な意見として捉えるべきです。
この八年、県が独自にできる範囲では、確かな実りもございました。
2026年度(令和8年度)の県予算は9468億円と県政史上最高となり、実に35年ぶりに全会一致で可決されたそうです。
2024年度(令和6年度)決算の県税収入は1997億円で、これも過去最高。
2025年度(令和7年度)の観光客数は1094万人、観光収入は1兆円を超え、いずれも記録づくめでございます。
暮らしに関わる話で申しますと、2025年(令和7年)4月から中学生の給食費が半額になり、
2026年(令和8年)4月からは公立小学校の給食が完全無償化されるとのこと。
2022年(令和4年)からは中学卒業までの医療費の窓口負担が無料になり、
2020年(令和2年)からはバスやモノレールでの通学が無料になったといいます。
低所得や障がい、高齢の世帯への資金の貸し付けも、2024年度(令和6年度)だけで474件。
子育て世代や体の弱い方々に、そっと手を差し伸べる仕組みは、着実に積み重ねられてきたようです。
何より胸が痛むのは、観光収入が過去最高を記録する一方で、沖縄県民の所得は依然として全国最下位のままだということです。
主な要因は、「ザル経済」構造にあります。
観光収入の一部が、県外資本のホテル、航空会社、予約サイト、県外からの仕入れなどを通じて県外へ流出。
産業構造の偏りがあり、製造業が少なくサービス業中心で、生産性が低い。
賃金水準の低さは、中小・零細企業が99%以上を占め、価格転嫁が困難な点にあります。
そして、離島県の不利性により、流通コストで仕入れ価格や人件費の高騰が経営を圧迫しているなどの要因があります。
このため、「観光客が増えれば県民の暮らしも豊かになる」という単純な構図にはなっておらず、観光収入の「県内残存率」を高める政策が課題となっています。
沖縄振興のための予算も、2018年度(平成30年度)の3501億円から2026年度(令和8年度)には2647億円へと、四分の三ほどに目減りしております。
稼ぐ力はついてきたのに、それが暮らしの豊かさに結びついていない。
玉城県政8年は、「県の単独権限で完結する分野(分配・福祉・教育・観光振興)では着実に実績を積み、県予算や県税収入の過去最高、給食費・医療費の無償化などを実現した」一方、
「国との調整が必要な分野(基地問題・県民所得構造・大型インフラ)では公約の完全達成には至らなかった」と言えます。
この評価は、現職としての「検証できる記録」があるため厳しく見えやすい側面もありますが、2期8年の県政運営の成果と課題が明確に可視化されていると言えます。
ここに、この8年の一番の宿題が残されているように、ワタクシには見えます。
それが、高市首相のいう「わが国防衛の最前線」という位置づけになってしまうと今までの成果はどうなってしまうのでしょうか疑問です。
批判のコメントの中では、1人当たりの県民所得が、沖縄は「全国最下位」、子どもの貧困率も高いとして、これを「変えなければ」としています。
米軍基地の7割を沖縄県に押し付け、いままで沖縄経済発展を阻害要因としたのは自民党です。
子どもの貧困率も、自民党県政から翁長雄志知事に代わって沖縄県が初めて調査した時点(2015年)で29・9%だったが、デニー県政のもとで20・2%にまで減少しています。
自民党政権が沖縄振興予算を削ってきたのは、自民党であり、沖縄経済や県民の暮らしを痛めつけてきたことを棚に上げて、玉城デニー県政のせいにするのは、おかしな論理です。
「共産革命」ではなく・言葉の重みについて
批判コメントの中に「もう無駄な共産革命に命を捧げるのはやめませんか」という一節もございました。
玉城さんが日本共産党の支持を受けていることは事実ですが、ご本人が「革命」を掲げているという事実は見当たりません。
政策を批判するのは結構なことです。
けれど、実際には言っていないことを言ったかのように仕立てて、批判的な言葉で人の心を揺さぶるやり方は、ワタクシの好むところではございません。
95年生きてまいりますと、こういう物言いが人と人を分断し、いつか取り返しのつかない亀裂を生むところを、何度も見てまいりました。
だいぶ前にブログで書きましたが、伊勢崎賢治氏も、このれらの言説の概念を戦争時における国家やメディアによる敵国の「絶対悪魔化」「安全保障化」と表現されていました。

若者たちへ、ワタクシからのお願い
沖縄の若い方々、そしてこれから投票に行かれる皆様。
ワタクシからお願いしたいのはただひとつ、恐怖や怒りだけで一票を投じないでいただきたいということです。
基地の重荷も、暮らし向きの厳しさも、どちらも本物の痛みです。
だからこそ、事実と、意見と、扇動とを、ご自分の頭でひとつひとつ丁寧に選り分けていただきたい。
できたこと、できなかったこと、そのどちらも見つめたうえで、島の未来を、どうかご自分たちの手で選び取ってください。
戦争を知る世代のひとりとして申し上げます。
命をだしにした議論ほど、恐ろしいものはございません。
どうか、これからの沖縄の皆様が、命を粗末にされることのない政治を、選び取ってくださいますように。
最後の一句
海鳴りに 嘘と真実(まこと)を 聞き分ける
打ち寄せる波の音は、噂も本当のことも同じ調子で運んでまいります。
だからこそ、どちらが真実(まこと)の声なのか、耳を澄ませて選び取るのは、ほかならぬワタクシたち自身なのです。




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