琉球新報のファクトチェック報道・SNS上300万再生デマの霧払うために・命どぅ宝のバトン沖縄知事選の真実

あかね

みなさん、ごきげんよう。「あかね95才の独り言」へようこそ。

昭和6年、満州事変が起きたあの激動の年に生まれ、戦争の嵐の中で青春を過ごしたワタクシ、あかねでございます。

今年の8月で95歳になりました。

名古屋の窓から、はるか遠く、どこまでも青く澄み渡る沖縄の海を思い浮かべながら、

今日は、ワタクシの胸の内に沸き起こった怒りをお届けしたいと思います。

沖縄の未来、そして日本の平和の行方を決める沖縄県知事選挙の投票日まで、ついにあと一週間を切りました。

この大切な時期に、ワタクシが毎朝パソコンで愛読しております「しんぶん赤旗」の紙面と

今回は琉球新報の記事を合わせて、とても大切な内容を切り抜いてまとめました。

琉球新報の冷静なファクトチェック報道・デマの霧を、ファクトという光で払うために

今、沖縄の美しい青い空と海の上に、悪意に満ちたデマや誹謗中傷の黒い霧が、これでもかと立ち込めています。

インターネットという文明の利器は、本来なら世界を繋ぎ、人々を幸せにするための道具であるはずなのに、

それを悪用して玉城デニー知事を引きずり下ろそうとする、本当に卑劣な情報工作が横行しているのです。

特に、SNS上で300万回以上も再生されて拡散されている、とある動画の存在を、皆さんはご存じでしょうか。

この動画は、「米軍基地をなくせと知事が叫ぶ理由は、中国を喜ばせるためだ。

米軍基地があることで一番嫌な思いをしているのは中国なのだから、知事は中国の意向で動いているのだ」という、

あまりにも奇妙で、飛躍した嘘を、まことしやかに語りかけているのです。

ワタクシのような95歳の老婆から見れば、そんな言い掛かりは、おままごとのようなお粗末なこじつけにすぎません。

琉球新報の冷静なファクトチェック報道が明らかにしたように、これは真っ赤な「偽情報」でございます。

デニー知事はもちろんのこと、これまでの歴代の沖縄県知事が、保革の立場を超えて、

どうして必死に「米軍基地の整理縮小」や「辺野古の新基地建設反対」を訴え続けてきたのでしょうか。

それは、日本全体のわずか0.6%にすぎない極めて小さな沖縄という島に、

在日米軍基地のじつに約7割が押し込められているという、あまりにも冷酷で、理不尽な現実があるからです。

さらに、軍用機の度重なる墜落事故、米軍人や軍属による殺人や性的暴行、強盗といった数々の凶悪犯罪、

絶え間ない騒音、そして命の水を脅かす有害な化学物質、PFASによる深刻な汚染。

こうした度重なる「基地被害」に、沖縄の皆さんが戦後一貫して、血を流し、涙を流しながら苦しめられてきたからに他なりません。

中国のためなどという卑屈な理由ではなく、ただ「自分たちの命と暮らし、子供たちの未来を守りたい」という、人間として当然の叫びなのです。

この悪質な動画は、かつてデニー知事が訪中した際に「一帯一路」に言及した部分だけを切り取り、

まるで沖縄を中国に差し出すかのような、悪意に満ちたイメージ映像まで合成して作られています。

当時の安倍政権が一帯一路に条件付きで協力する意向を示していたという時代背景をすっぽりと隠し、

さらには、その後にデニー知事自身が「情報が不十分である」として極めて慎重な姿勢に転じたという事実をも、意図的に無視しているのです。

さらに、辺野古のボート転覆事故に玉城知事がニヤニヤと笑っているかのような会見映像を流していますが、

これも実際には、知事が笑ったのは事故の話が終わって、全く別の話題に移った後であり、

琉球新報によると、完全に「悪意ある切り取り」によるミスリーディングでございます。

また、自民党の大浜一郎県議が、選挙を前にした集会の中で「デニー知事なんて方は、彼を支えている勢力はいったい何なんだ。

警察も認めた、極左暴力集団なんかが全部支えている」などという、おどろおどろしいデマを飛ばしました。

これも、琉球新報によると、真っ赤なウソでございます。

デニー知事の選挙母体である「県民と歩む会」には、そうした暴力集団は一切参加しておらず、組織的支援も資金提供も存在しません。

主要な当事者団体とされる側も、明確に組織的な支援を完全に否定しています。

「全部支えている」などというのは、完全な誤情報、デマです。

大浜県議は「警察も認めた」と言いましたが、沖縄県警の本部長はただ「基地反対の抗議活動を行っている者の一部の中に、

そうした集団が確認されている」と答弁しただけであり、知事の選挙を支えているなどとは、一言も認めていません。

警察の公式な答弁さえも、自分の都合の良いように歪め、ねじ曲げて切り取る。

このような不誠実なやり方が、真剣に沖縄の未来を考える人々の間で許されて良いはずがありません。

琉球新報により、このように事実を一つ一つ丁寧に紐解けば、デマのメッキはハラハラと剥がれ落ち、

そこにあるのは、知事を何としてでも貶めようとする汚れた意図だけであることが、白日の下にさらされるのです。

ワタクシたちに求められているのは、こうした悪意ある騒音に惑わされることなく、

しんぶん赤旗や琉球新報が届けてくれる「確かなファクト」をしっかりと握りしめる、知性の力なのだと、強く確信いたします。

「米軍基地なくせ」の理由が中国、は本当か?<琉球新報>
沖縄県知事選を巡る言説をファクトチェックする。「沖縄県の皆さんに届け!」とSNSに投稿された動画を検証する。

被害者意識ではない。背負わされてきた「傷痕」と少女の涙

デニー知事に対抗して、自民党などが推薦する古謝玄太候補を応援するために、

日本保守党の北村晴男参院議員が沖縄に入り、決起集会でこのような暴言を吐きました。

「戦後80年を経て、被害者意識に苛まれる県政をやめにしよう」

そして、古謝候補も、この言葉を「大丈夫な意見だ」と容認したというのです。

ワタクシは、この「被害者意識」という、極めて冷たく、残酷な言葉を耳にした瞬間、はらわたが煮えくり返るような激しい怒りを覚えました。

激動の昭和を生き抜いてきたワタクシの目の前には、沖縄が実際に流してきた、

あの温かくて赤い、鮮血の記憶が、まざまざとよみがえってきたからです。

沖縄の人々が「基地はいらない」と訴えるのは、単なる被害者意識などという甘えや、ファンタジーの言葉で片付けられるようなものではありません。

現実に命を脅かされ、尊厳を踏み切るようにして、実際に今も傷つけられ続けている、血を吐くような「本物の被害」の歴史そのものだからです。

由美子ちゃん事件

昭和30年、まだ米軍の厳しい占領統治下にあった沖縄で、わずか6歳の、まだ愛らしい笑顔を残した幼い少女が、

米兵によって拉致され、暴行され、無残に殺害されて、荒地に遺棄されるという、世にも恐ろしい「由美子ちゃん事件」が起きました。

由美子ちゃん事件は、1955年9月3日、アメリカ統治下の沖縄・嘉手納村(現嘉手納町)で発生した強姦殺人事件です。

石川市(現うるま市)に住む永山由美子ちゃん(当時満5歳、数え6歳)が、米軍嘉手納基地所属の軍曹アイザック・ジャクソン・ハート(31歳)に誘拐され、性的暴行を受けた上で殺害されました。

遺体は嘉手納海岸の草むらに遺棄され、下腹部から肛門にかけて刃物で切り裂かれるなど極めて残虐な手口でした。

犯人は事件発生から2日後に逮捕され、米軍の軍法会議で死刑判決を受けましたが、後に減刑され米国に帰還しました。

この事件は沖縄の戦後史において特に凶悪な事件として記憶され、島ぐるみの抗議運動が展開されるなど、日米地位協定や米軍裁判権の問題を浮き彫りにしました。

自分の娘と同じほどの、あるいは孫と同じほどの小さくて、温かいはずの命が、軍靴によって踏みにじられたときの、

親御さんや県民の皆さんの、あの裂けるような悲鳴と怒りが、想像できますでしょうか。

国場君事件

さらに、中学生が米兵の車にひき逃げされて命を落としたにもかかわらず、米軍の理不尽な裁判制度によって、

その米兵が何のお咎めもなく、釈放されて無罪放免となった「国場君事件」。

国場君事件(国場君轢殺事件)は、1963年2月28日、アメリカ統治下の沖縄・那覇市で発生した交通事故死事件です。

上山中学校1年生の国場秀夫君(当時13歳)が、青信号で横断歩道を渡っていたところ、米軍大型トラックに轢かれ死亡しました。

目撃者によると、14~15人の中学生が青信号で横断中、トラックが信号を無視して突っ込んだとされています。

加害者の米兵は米軍基地内で行われた特別軍事裁判で審理されましたが、「夕日がまぶしくて信号が見えなかった」との証言が採用され、無罪判決となりました。

この事件は、沖縄の日本復帰運動において第一次裁判権(事件発生時に日本側が裁判を行う権利)を求める闘いの重要な契機となり、米軍による裁判権の問題を浮き彫りにしました。

宮森小学校米軍機墜落事故

さらには、うららかな学び舎であった宮森小学校へ、米軍のジェット戦闘機が突然墜落した事故。

宮森小学校米軍機墜落事故は、1959年6月30日、アメリカ統治下の沖縄・石川市(現うるま市)で発生した大惨事です。

午前10時40分頃、米空軍嘉手納基地所属のF-100Dジェット戦闘機がエンジン火災で操縦不能となり、パイロットは脱出しましたが、機体は宮森小学校に墜落・炎上しました。

当時、児童たちはミルク給食の時間帯で校内におり、校舎6年3組に機体が激突。小学生11人を含む17人が死亡(後に後遺症で1人死亡し計18人)、210人が重軽傷を負う戦後最大の米軍機墜落事故となりました。

民家27棟や校舎3棟が全焼し、現場はジェット燃料の火の海に。

この事故は「石川ジェット機事件」とも呼ばれ、毎年6月30日に慰霊祭が行われています。

本土復帰を果たした後も、少女や女性に対する卑劣な性的暴行、殺人事件は、毎年のように繰り返されてきました。

本土復帰後も続く米軍関係者による性犯罪と凶悪事件

1972年(昭和47年)の沖縄本土復帰以降も、米軍人・軍属等による刑法犯罪は後を絶たず、

特に女性や少女に対する性的暴行、殺人事件が毎年のように繰り返されています。

統計が示す実態

沖縄県警察本部のまとめによると、沖縄が日本に復帰した1972年から2024年末までに、

アメリカ軍の軍人や基地で働く軍属などが刑法犯罪で検挙された件数は6,235件にのぼっています。

このうち、殺人・強盗・強姦・放火などの「凶悪犯」は592件(約9.5%)を占めています。

また、復帰から2025年末までの累計では刑法犯罪6,409件、凶悪犯600件となっています。

特に2023年12月から2026年3月末までの間には、米軍人による性的暴行事件が10件検挙され、うち4件が起訴されるなど、近年も深刻な事案が相次いでいます。

2025年の1年間に摘発された米軍人・軍属とその家族による刑法犯は101件(暫定値)で、2003年以来22年ぶりに100件を超え、過去20年で最多となりました。

沖縄における米兵による事件事故等に関する質問主意書

米軍の現状と日米地位協定

https://www.pref.okinawa.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/040/380/07_20260331_qap12p13.pdf

上記のリンクは、玉城デニー知事から新知事になってリンク先のPDFが削除されたようです。

 

市民団体による記録

女性史研究家・宮城晴美さんらが中心となり作成した「沖縄・米兵による女性への性犯罪」年表(第13版、2023年)では、

米兵性犯罪 女性の苦難 行動する女たちの会 記録13版発行 地域から蔑視 重い口開く | 沖縄タイムス+プラス
「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」(高里鈴代、糸数慶子共同代表)が1996年から続けている米兵による女性への性犯罪記録年表の13版がこのほど発行された。改訂は7年ぶり。45年の沖縄戦時から2021年にかけ、沖縄の女性約950人が受け...

1945年4月から2021年12月までの間に被害女性948人、救助にあたって死傷した男性279人の合計1,227人の記録がまとめられています。

神奈川弁護士会では、2024年の「米兵による性的暴行事件の発生及び自治体への情報提供がなされなかったことに抗議し、日米合意の遵守を求める会長声明」で、

米兵による性的暴行事件の発生及び自治体への情報提供がなされなかったことに抗議し、日米合意の遵守を求める会長声明|神奈川県弁護士会
神奈川県弁護士会は神奈川県唯一の弁護士会です/総合法律相談

「沖縄では、1945年から2021年までの間の米兵による性犯罪の被害者は、少なくとも948人に上ると報じられる。

米軍関係者による犯罪、なかでも性犯罪の抑止は沖縄県にとって切実な課題である」と指摘しています。

2024年6月には、沖縄のアメリカ軍嘉手納基地に所属する兵士が、16歳未満の少女をわいせつ目的で誘い出し

性的暴行をした罪で起訴されるなど、未成年者に対する性犯罪も後を絶ちません。

これらの事件が起きるたびに、沖縄の皆さんは、深く傷つき、声をからして抗議し、

「もうこれ以上、私たちの尊厳を奪わないでくれ、子どもたちを怯えさせないでくれ」と訴えてきたのです。

沖縄の原点は戦争反対

これら血の滲むような戦後史の事実、今なお癒えることのない生々しい傷痕を、本土の安全な場所からやってきた政治家たちが、

どうして「被害者意識」などという薄っぺらい言葉で片付けることができるのでしょうか。

これこそが、沖縄の歴史を、そしてそこに生きる人間の命を、徹底的にないがしろにし、踏みつけている証拠ではありませんか。

軍隊は住民を守らない。

あの凄惨を極めた沖縄戦で、沖縄の人々が身をもって学んだ、この最も重く、最も尊い教訓が、

デニー知事の「誰ひとり取り残さない、優しい沖縄らしい社会」という原点へと、しっかりと繋がっているのです。

保革を超えた、沖縄の原点は戦争反対である。

元自民党県連会長の照屋守之氏が、金武町の演説会で、デニー知事とともに熱く、必死に訴えられた言葉が、ワタクシの胸に深く、深く突き刺さります。

かつての沖縄の自民党には、国の言いなりになるのではなく、基地問題では保革が力を合わせて県民のために闘うという、

沖縄の誇り、アイデンティティーが、確かに息づいていました。

「二度と沖縄を戦場にしてはいけない。81年前のあの地獄に戻してはならない」。

その強い思いが、今、立場を超えて、デニー知事を支える大きなうねりとなっているのです。

辺野古新基地という名の、終わりのない終わりのウソ

さらに、自民党が推薦する候補は、普天間基地の一日も早い返還のために、

「辺野古移設を容認する」と公言し、それが「最も早い解決策だ」と主張しています。

しかし、この主張もまた、数字を見れば一瞬で崩れ去る、大きくて、不誠実な嘘なのです。

防衛省が強行している、辺野古・大浦湾での土砂投入。

その進捗率は、驚くべきことに、開始から7年7ヶ月以上が経った2026年7月末の時点で、計画全体のわずか「約18%」にとどまっています。

この、全体の2割にも満たない、亀の歩みのようなスローペースのまま工事を続けた場合、土砂投入を完了するだけでも、

なんと「2060年」までかかるという、めまいがするような計算になるのです。

いま20代の若者が、還暦を過ぎて、おじいちゃん、おばあちゃんになるまで、海を汚し、土砂を投入し続ける。

これが、どうして「一日も早い返還」になるのでしょうか。

大浦湾には、まるでマヨネーズのようにぶよぶよとした、広大で危険な超軟弱地盤が広がっています。

ここに約7万1000本もの砂の杭を打ち込む改良工事が必要ですが、その砂の杭も、7月末時点で約9500本しか打ち込めていません。

しかも、台風などの気象・海象を理由に、作業船はたびたび撤退し、何か月も作業が完全に止まることが繰り返されているのです。

完成する見通しなど、技術的にも、財政的にも、とっくに破綻しているのが、冷厳な真実でございます。

さらに不都合な真実は、米国防総省が、

「たとえ辺野古に滑走路ができても、長い滑走路を確保できなければ、普天間は返還しない」と、

すでにはっきりと文書で明言している事実です。

この「長い滑走路」とは、沖縄本島で言えば、3000メートルの長さを誇る、民間の那覇空港に他なりません。

有事の際には那覇空港を軍事利用させろ、それができなければ、普天間は永遠に返さないという、

日米両政府による、信じられないような県民への背信行為が隠されているのです。

デニー知事は「那覇空港に米軍が使う余地は1ミリもない、民間専用の空港だ」と断固として拒否しています。

しかし、相手候補は、この那覇空港の米軍基地化という重大な懸念に対して、今なお、まともな見解を示そうとしません。

普天間の危険を一日も早く除去するどころか、新しい基地を辺野古に造った上で、那覇空港まで差し出せという、

あまりにも過酷な要求に、どうして沈黙していられるのでしょうか。

国の言いなりになって、沖縄を丸ごと軍事要塞化することに手を貸すような知事を、ワタクシたちは絶対に選ぶわけにはまいりません。

命どぅ宝のバトンを、未来のあなたへ

先日、岐阜県高山市の「たかやまこども選挙」のお話をさせて頂きましたが、

今回、琉球新報の報道で、沖縄でも初めて、18歳未満の子どもたちによる「おきなわこども選挙」が開催されるという、本当に素晴らしい取り組みを知りました。

自分の一票が、社会を変える力になる。

それを、子どもたちが候補者の考えを真剣に聞き、悩んで、悩み抜いて選ぼうとしています。

子どもたちが、こんなにも真剣に沖縄の未来を、日本の平和を考えようとしているのに、

ワタクシたち大人が、デマや誹謗中傷に流され、無関心でいて良いはずがありません。

「命どぅ宝」。

この、沖縄が、そして日本中が、あの戦争の惨禍から学び取った究極の真理を、今こそ、凛とした強さで守り抜きましょう。

それでは、最後に、このおしゃべりの締めくくりとして、ワタクシあかねが詠みました、最後の一句をお届けいたします。

デマの風 凛と見破る 青い海

SNSや県外から吹き荒れる、感情をあおる歪められた中傷の「嵐」に対して、

沖縄の皆さんが守り抜いてきた「命どぅ宝」の心と誇りが、どこまでも青く澄み切った沖縄の海のように、

静かに、しかし凛とした強さで嘘の霧を晴らし、真実を澄み渡らせていく、その気高き姿を詠みました。

今日も最後まで、ワタクシの独り言にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

沖縄の未来に、そして日本を生きるすべての人の日々に、温かい平和の風が吹きますように。

それでは皆さん、ごきげんよう。

あかねでございました。

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あかね
この記事を書いた人
akane

90年の人生を振り返ってブログとYouTubeで独り言朗読音声を残しています。娘、息子や孫、ひ孫にパソコン、スマホを習って挑戦!「あかねの独り言制作実行委員会」なるものを結成してくれて90年の現代史を残すんだ!とワイワイ手伝ってくれています。長生きするのもワルクナイ!

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